新建築2月

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その名も「すごろくオフィス」大建metの設計。
僕はこういうのは多分設計しません、というか出来ませんが、でもとても面白いと思います。
「空地が増え続ける地方都市の中心市街地で、小規模建築用借地の障壁となっているさまざまな権利関係も、地中に構造部を持たない移築可能な建築デザインによって少しは自由なものになると考える」が「今回のオフィス計画では柱状改良の独立基礎に脱着可能な鋼管フレームを組み、居室ユニットにコンテナを再利用する事で移築可能な建築として借地条件を得た」というのだが、鉄骨フレームを使い仮設建築(1年?しか使えない)ではない建築物としながらも移設が容易だったり、コンテナを2次部材とすることで安く自由に使っていたりと、なかなか良く考えていると思います。
構造は名和さんが関わっていて、サヤ管を下階程太くして構造的バランスと脱着生を確保しているというのも良く考えてますよね。

本誌中に明治神宮外拝殿の改修から集合住宅の新築と改修のものが並んでいるのを見ていて、また古典を引き合いに出しますが「用、強、美(魅力という意味も)」それぞれの耐用年数をいかに想定するかというのが、建築を考えつくる時にはとても大切だなあと思いました。
もちろん全てが高い方が良いけれど、時間と時代の中でいつか改修や移設や解体を迫られるというところまで考えた上でどの程度の耐用年数を3つの項目において想定するのか?そして例えばこの建物は多分3つとも決して高くは無いけれど次のストーリーをきちんと考えてあるし、恐らくコストは随分安い。

現代の今の状況の中では、短期スパンでの建築の自由度を高める事を考えることはとても大切だと思うけれど、でも美意識としてちょっと退廃的なんじゃないのかなあと、個人的には感じます。
で「退廃」という言葉って余り耳にしないなあと改めて調べると「道徳的に堕落している」という事だそうですが、かといってその「道徳」なるものも普遍のものでもないし「近代」だってそれ以前から見ればある種の退廃を含んでいただろうし、、、頭ごなしに決めつけてはいけないですね。

でも僕は、美(と訳すから付加物に聞こえますが、魅力という意味で)というものこそが建築の存在理由であり目的であり、その手段として強、用、というものがある、つまりその場所に来たい、居たいと思わせる魅力が建築物をつくらせようとするのだから一番大切に考えるべきところじゃないかと思うけれど、確かに概念として曖昧でとらえどころがないからこそ、近代の合理主義の中では強、用に比重が重くなってしまったんでしょう。

話をややこしくせずに、その建築に「魅力」があるか?素直にそれが在って欲しいか?と感じてみるところから始めれば良いと思います。
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by Moriyasu_Hase | 2012-02-02 10:57 | けんちくーよむ
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