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THE PAPER

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旧作DVDは毎週借りているのですが、最近疲れ気味と、適当に借りてるのであまりグッとくるものが少なく。
でもこれはちょっと面白くまた考えさせられる映画でした。
白人が車中で殺害されている現場に通りかかった若い黒人二人が、治安維持のためにとりあえず逮捕されてしまい、それを裏で知った記者や責任者が夜遅くまでバタバタしながら最後は「彼らはやっていない」記事を差換えるんだけど、途中で9万部は刷っていて多分何十万部という新聞を無駄にしたりするんだけど、この新聞社は「軽い」新聞なんだけど印象的なセリフで、軽い、下らない記事は沢山乗せて来たけど、間違っていると分かっていて載せた事は一度もない!というのが責任者の最後の判断につながったんだけど、どの世界にも共通する事で、本当は間違っていると思いつつ会社のため、保身のために何かを売ったりした事が一度もない!と言い張れるプロってどれだけいるんだろう?なんて考えさせられました。
この映画では2人の無実の少年が最後に無実になったのは同じとしても心に深い傷を与える事を新聞記者としてどう考えるかというまあ大きな問題ですが、どんな職業でもいや、例えば子供に作る料理にしたって、手を抜いて身体に良くのを分かりながら毎日のように出すというのも同じ事だと思うのですが、こうすればもっと良くなるのにという事が分かっていながらやらない、やれない、というのは社会全体を悪くし、個人の幸せを薄くするばかりですよね。だから昔からの持論ですが、個々人が、まず自分のやっている事に最善の努力を払う、という事さえ心がければ、政治家の悪口を言ったり原発がどうのこうの国民レベルで言わなくたって、政治家さんなどが、最善の努力さえ払ってくれれば当然国民のために判断するに決まっているんだから、まあ基本任せておけば良い、というまあ性善説的な状況が一番幸せなんだろうな、と思います。

映画としても面白かったです。
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by Moriyasu_Hase | 2015-04-28 10:33 | みるーよむーかんがえる

文学における原風景

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僕が生まれた頃の書ですが、全く本質的で密度も濃く、素晴らしいです。
青木淳さん言う「原っぱ」つまり遊園地のように具体的な遊び(だけの)ために至れり尽くせりにつくられた場所と真逆の、何か分からないけれどそこで生起させる力を持つような質的な価値のあるような場所という考え方に共感してきていたのですが、そのまた原点が本書なのか、青木さんの本に書かれていたか忘れたけどたまたま買って読んでみました。
建築の世界ももちろん風景を感じる力がなければならないし、つくった建築が風景にならざるを得ないのでこういった事を考えなければならないけど、文学の世界は読んでみてなるほど、文字でしか描写できない中に質を埋込まなければならないので、建築の世界だと何となくでつくられてしまい得てももっと意識的にならざるを得ないんでしょうね。

まず出だしは、著者は東京の山の手育ちだけど大人になって気づいてみると、周りの自分以外が引越してしまっていて、ずっと同じ家に住み続けていないという驚きから始まるのだけど、その流れは更に加速していると思うし、僕の生まれ育った所もとっくにないし環境も随分変わってしまっているのはとても悲しく、精神を育むために良く無いとは思っていました。
本書の要点の一つに弥生と縄文がありますが、弥生時代はつまり稲作の時代で、水田は畑と違って集落全体で水を引込んで共有するしその水が生命線だからお互い勝手な事ができないしだからお互いいつも監視し合っているというか明け透けな状態にならざるを得なかったのが「地縁」となってその面倒くさい付き合いの中で生きて行かざるを得なかったので個人の意識などは育たなかった、との論は始めてでしたが、なるほどとは思いました。そして稲作、という道具を使った工業生産的な時代が、その前の縄文というもっと自然と濃密に交信し合うような時代に蓋をしてしまったけれど、それは我々の芯として決してなくならず、そんな思いが原風景を想わせるのでは?というのもなるほどという所でしたし、岡本太郎が見つけた縄文の意味や、白井晟一が「もっと力強い調子でと言った事とも重なる大切なところだと思いました。でも、日本全体が稲作をした、できた訳ではなくそれが発達しなかった地域は縄文性を残し、明治維新前後反抗をしたのは東北などそういった地域だったとの指摘もなるほどでした。

原風景、の話に戻しまして「『原風景』がその人間の美意識の基底になる。『原風景』がその人間の想像活動の形と主題を決定する。『原風景』は深層意識の中で 核になって、その人間固有の芸術を形成する。作品に統一性を与える」と著者は書いていますし、同意はしますが、僕にそんな原風景があったのだろうか?と考えると、育ったのは区画整理後の単調なまちなみでしたが、通学中に草むらや側溝で昆虫や小動物をいつも探していたり、魚釣りをしたりというのが広い意味で僕の原風景にはなっているかとは思うけど、その程度なので決して芸術的なものは生み出せないかもしれません^^;が、でも何か大切な事は僕の核としてあるようには思っています。

最後に、40年以上前の本書でもテレビや時代の急激な時代の変化でどうなるのか?とても心配をしていて、でもどんなに人工的で醜悪な現実になろうと、「その割れ目から、自然そして民族的深層に達する『原風景』を、それにより形成される芸術文学を生み出し続けるであろう」と結んでいます。
でもこの時まででも文学も随分変わったようですし、多分その後も随分変わったのでしょうし、それは時代の変化というより、著者の言うように作者の原風景の変化なんだろうし、それが時代にあったものであれば良いのかもしれない。文学の事は門外漢ですが、では建築は?と考えると、正直よいと思えないものが、恐らく若い建築家のもつ原風景の貧弱さから生まれているように思えて仕方がないです。
ちょっと昔が良かったとかというレベルでなく、やっぱり上にも書いたように、縄文人が持っていた、もっと自然と交信するかのような密接さ、というのはいくら時代が変わろうと、私たちが動物である限りは根っこの部分で私たちには必要なのだろう、と僕は信じているので、かと言って昔スタイルのものをつくれば良いわけではなく、青木さん的に言えば、見た事はなくてもそんな「質」を備えるものがつくれるはずだし、それが目指すべき所だと思っています。

もっと触れるべき点の多い多い書ですが、いつもまとまりなくダラダラ書いてますね^^;
しばらく本に集中できる精神状況でなかったのもあり読むのも進まなかったし、仕事以外久々のアップでした。
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by Moriyasu_Hase | 2015-04-18 15:54 | みるーよむーかんがえる

竣工しました

障害福祉サービス事業所「まぐねっと」外構だけ残っていた中で雨が続き、最後まで心配が続きましたがなんとか終わる事ができました。本当に考えさせられる事や新たな経験や、頑張って来られた関係者の皆さんへの感謝や、言い表せないほど多くの事が、1冊の本が書けるくらいにあります。
まず外観はも含め天気が良くない中撮ったのですっきりしませんので、合間を見て撮り直そうかな。
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外形は単純な長方形ですが玄関周りの屋外部分を大きな軒下として取り込む事で気楽に近づき易い雰囲気と木製建具を使っても安心にしてあり、また開口を天井まであげる事で視線を内外つなげ、より親しみ易い感じになるように考えました。夕方に内部に照明をつけて撮ればもっと伝わるのですが^^;
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エントランスですが内外天井は2800で杉板を張っています。右が店舗、地域交流スペース。
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店舗、地域交流スペース内部です。入所者さんが作った美味しいお豆腐やパンなども売られるそうですので是非お立ち寄りください!東高校から西に少し行った所にあります。
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平屋で大きいので中庭をとって内部が暗くならないようにしてありますが更にランマも開口することで、出来るだけ照明に頼らずに使って頂けるかと思いますが、省エネ技術云々の前に、やっぱりできるだけ設備を使わずに済む設計をするという事が必要だと思います。
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プレイルーム、奥に食堂と厨房です。ランマの開口がつながっているのが分かります。

今回、設計も工事もとても時間が無い中で、それでも良いな、と思えるものをどう作るかを考えた時、形を複雑にしたり色んな要素を盛り込んだりする事でなく、シンプルでおおらかななルール、つまりここでは高めの天井をランマを通してつなげ、内部と内部、外部につながりが感じられる事で、決して人目を惹く強いデザインではなくても心地よく居られる場所ができるのではないかと思いました。ただその時「天井」は大切な部分なので手間でも杉板張を残し、軒先の雨樋も隠すという事だけは譲らずに残しました。

補助金物件なので市の検査や手続きなど慣れない事が多く、また木造の準耐火建築という少し特殊な構造のために手間もかかったり思わぬ事もあったり、終わってみれば良い経験ですが。。。
また普段は住宅スケールで、僕の想いをディテールまで込められる仕事が多いのに対し、今回は規模も大きい事も含め、そうはいかない事も多かったですが、何しろ今回の様々な状況の中での自分なりの精一杯ではありましたので、乗り越えるには能力を高めるしかないな、というのが実感でした。
さまざまな事に感謝しつつ、あとは入所者さんたちが気持ち良く時間を過ごして頂ければ、と思います。
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by Moriyasu_Hase | 2015-04-17 11:04 | けんちくーしごと

竣工しましたー内

引き続き。
内部の特徴は、杉ムク3層パネルを踏み天井、つまりそれ1枚で床兼天井にしているので、コストと2階までの距離を抑える事ができますが、まあ何かと手間はかかるやり方です。
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構造材(ある程度芯去材です)や床も含め、節の少ないきれいな材なので節好きな方(そんなのいるのか?いやいるんじゃ?)には物足りないのかもしれないけれど、僕はこうでないと気持悪いのです。
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特徴的な急勾配の屋根の裏はこんな感じの廊下と収納スペースです。床がパネルなのが良く見れば分かりますか?
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コストや面積も抑えながらも、大切なところはもちろん守りながら、良い意味で可愛らしいものができたなあと思いました。もちろん大きな予算の大きな家は立派ですが、こちらの方が「巣」としては優しいスケール感ですね。

さて少しすっきりした気分で、明日はお花見で騒ぎます^^
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by Moriyasu_Hase | 2015-04-04 18:17 | けんちくーしごと

竣工しましたー外

年度は変わってしまいましたが、なんとかお子さんの入学に間に合ってお引渡してきました。
まず外からですが、以前も書いたように変則的な勾配屋根で覆っていますので不思議な感じですし実際で来てみるまで不安もありましたが結果よかったと感じています。
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隣のご実家が屋根も形としても存在感があるので、こちらの面積の方が小さいし、何となく総2階が普通に建ってしまったらただ負けて見えるかと思ったのもこうした理由ですがいかが?
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玄関を入ると通り抜け土間となって右が渡り廊下。

内に続きます。
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by Moriyasu_Hase | 2015-04-04 18:06 | けんちくーしごと

設計大詰め。

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しばらく現場に追われて精神的にも大変でしたが、もちろん責任ある大きな仕事を終わらせる事が容易であるはずもなく当然なのですが、やっぱり設計中というのはまだ夢を描いている段階なので気持も前向きになりますね。
1/50の模型ができて、ちょっと違和感があった所を悩んで直して良くなりました。
1階が店舗、上階が2世帯住居。
手前に駐車を取るので道路からは結構奥まり、また区画整理地域なのでこれからですが両側にもそれなりに高い建物が建ってくると思われる中で、店舗として人を招くような雰囲気を出したく、また2台ほどのガレージの屋根も欲しいとのことで、Rの屋根を思い切ってはね出し、「おいでおいで」の手のような(冗談でなく真剣ですよ)形としました。また、RC造のご希望だったのでRCらしさを生かすためにも造形的にした、というのもあります。ルイスカーン的な、その素材はどういう形になりたがっているのか?への一つの答えのつもりで。
こちらは東面なので、向かって左が南で、見えませんが長いバルコニーに面して大きな窓があるので明るい室内にはなりますが、お客さんからは生活が見えにくくなっています。
店舗の手前は販売、奥に飲食があり、良い雰囲気になるようにまだ悩み中ですが、完成したらもちろん宣伝しますので。
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by Moriyasu_Hase | 2015-04-03 16:03 | けんちくーしごと

新建築4月

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3月は仕事に追われて仕事のことばかりでしたし、遅くまで働くわけはなくても精神的に疲れていて本を読んでも進まず、、という感じでしたが、4月になって気持も新たに、前向きに新しいプロジェクトを進めてゆけそうです。

表紙のは広島牛田教会+あやめ幼稚園とのことですが、建築的にどうこう、というより、このクスノキ、原爆に耐えて残ったものらしく、それを残したというか、このクスノキの存在感が表紙になったようなものだと感じるのですが、この少し無骨でコンクリートの設計だったから良かったけど、流行りの軽い設計では恐らく負けてしまっていたのでは、と思います。
設計云々より、やっぱり時間が経過する、というのは色々な意味で重たい事だし、建築はもっとそれを正面から引き受けなければならない、と改めて感じた次第です。
そういえば、設計事務所に勤め最初に担当して1年程現場に張り付いた作品にも確か3本かクスノキを残したなあ〜と施設名を検索してみたら、、ちょっと驚きの事になってました^^:
聞いてくれればお話しますが名前は伏せておきます。

さて、月評で青木淳さんの、先月号の東京国立近代美術館リニューアルについての評がとても重要に思いました。
このリニューアルは予算もなく諸部分の「チューニング」を行き渡らせた事が成功しているとして、そのチューニングの対極が「コンセプト」であり、「まず目的地を決める。すると、設計というのはその目的地に近づくための技術にすぎなくなる。コンセプトという言葉が出てくる時には、そいういう思考が背景にある。いかにきれいなコンセプトをつくるか、いかにきれいにコンセプトが見えるようにするか。そいういう考えにのみ込まれる時、建築はメディアに落ちる。」と。
青木さん、悩み続けてるなあ〜と尊敬しますが、他に悩み続けている方は?と考えてもなかなかいなくて、実は師匠の磯崎さんだったりしますが、やっぱし師弟ですかね。
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by Moriyasu_Hase | 2015-04-02 13:32 | けんちくーよむ