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セントラルパーク構想と村上春樹さん

第4回から検討会の傍聴が可能になったので本日行って来ました。
少し遅れてしまったら40席位?の傍聴席と立ち見も入口まで溢れていて、声も良く聞こえず、、遅れた方が悪いのですが、市側もそんな来るとは(欲しくもない?)思っていなかったのでしょう。

前回までで足りないとされた追加資料など、全体案2つ(美術館が中央の斜面地に建つか文化センターと同じく北東角の平地かの違いだけ)、今後市民ワークなどを通じてより良いマネジメントをいかに進めるか。というような内容でしたが、最後に某委員の発言にあったように、お互い立場を述べ合うばかりで議論になっていない。大切な部分が共有できていない、という、それじゃ会議の体を成してないじゃん、という感じでもあり、そんなでは細かい各論をいくらやっても時間の無駄では?と感じました。まあそんなもんでしょ?と言われればそれきりですが、傍聴者も多かったし会議も荒れた感じだし、淡々と進められる状況ではないと感じました。

午前中に、この会議のことを考えながら「共通言語」がないから議論になっていない(他の多くの場面にも当てはまりますが)と検索したら村上春樹さんの昔のインタビューがひっかかりました。
「物語は世界の共通言語」「物語を書いていくことは、自分の魂の中に降りて行く作業です」「魂の世界まで下りていくとそこは同じ世界なんですよ。それゆえに物語がいろいろな文化の差を超えて、理解し合えるのだと思う」「だからこそ、世界中、これだけ文化が違っているのに、神話というのは似通っている部分がすごくある」と。
そうだなあと。
行政のやっていることは魂がないのに、良く出来た手足や胴体、頭を合体させれば立派な人間になるという感じだけど、そんなことしても魂は湧いて来る訳じゃない。
来られていた某大先輩とも少しお話をお聞きしたご不満も、それに共通していたと感じました。

まただからこそ村上作品は世界中で読まれ共感されていますよね。
セントラルパーク構想も、魂に下りてゆきながら物語を生み出すように、今後少しでも変わってくれれば良いなと思います。

<追記>
会議で、事業費の概算を求められ、市は「数字が一人歩きする」と答えませんでした。
少し言葉を失いますが、恐らく本構想でやると決まれば無理矢理予算がつくのでしょう。
最大の実力者様(市長じゃない?)が実施を望まれているようなのでこういう進め方なのでは?
会長である担当部長も、板挟み?なのかとてもお大変そうでした。
でも報道でも「注文相次ぐ」「入りきれないほどの傍聴」などと記載されたので、変わると期待ししょう。
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by Moriyasu_Hase | 2012-02-28 17:54 | 浜松のこと

式のついでに

先日、とある受賞式とシンポジウムへ行って来ました。
http://www.gas-efhome.jp/index.html
なかなか盛大だったり、入賞でも結構な賞金を頂けたりと、東ガスさん儲かってるな〜という感じでした。
僕は基本的に環境に対して「技術」の組合せでなんとかなるなんて思っていなくてむしろそれは大切な「意識」を遠ざけてしまうので、自然と向かい合い自然と意識が高まるような、それは昔からの当然の知恵として行なわれてきた事をやれば良いと思っています。ですからこういう賞には不向きだと自覚しているので、でもまあ入賞でもひっかかって良かったなと。上位3者のプレゼンも聞きましたが、やっぱり震災後の審査という事もあり、地道なものが評価されたなという感じです。各賞の内容もそのうちアップされるようなのでまた見比べてみてください。
それにしても審査委員たち(小嶋さんとか千葉さん)の歯切れの悪い物言いを聞きながら、やっぱり環境とかって本心で取り組んでないんだろうな、って思いました。笑
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ついでに寄ったソニーシティ大崎(日建設計)はこのルーバーが陶器で出来ていて水を通して蒸散させることで涼風となり、という意欲的な環境技術ですが、この巨大な一面のノッペリさは無いだろう、そして裏面なんか黒っぽいパネルにスリットだけの巨大な面。使い古された言葉ですが、ヒューマンスケールとか分節、という言葉を想いました。
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ギャラリー間で開催中の長谷川豪展。震災後という事でここで展示した後に石巻の幼稚園に寄贈するという二つの役割を担うものとして、遊具のような、鐘楼(教会で使われていた中古の鐘をわざわざ探しに行ったそうです)を考え、移設できるように2人で運べるユニット化をしたそうです。
30半代も随分活躍し始めましたが、その中でも気になる存在です。多分プロポーションがしっかりしているからで、もちろんそこに至るには彼の言う「能動的なStudy」を随分行なっている結果なんだと思います。でも最近の建築の世界では「プロポーション」の地位は随分落ちてしまっているように感じて、残念でもありますが。
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by Moriyasu_Hase | 2012-02-27 09:49 | けんちくーよむ

竣工しました−2

引き続き夕景です。
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北側の玄関ですが素っ気なく(いつも)つくりました。こういう静かな感じが好きなんです。
また中がどうなっているか分からないので入った時にわっと開けて見えた時の印象がより強く良くなると思ったりもします。
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ちょうど内外の明るさが同じくらいになるとこんな風に内外がとても一体的に見えて、設計の意図が伝わりやすいかと思いますし、この時間帯は(なかなか仕事やらでゆっくり居られないですが)とても好きな時間です。
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正面の窓の上部三角形部分もガラスなんですね?とオープンハウスで聞かれましたが、構造を見せた延長としてこの方が美しいと思うのと、軒を低くいつもしているので空が見えにくいのですがこうやって空が見えるというのも捨て難いなと思っています。屋根を大きくしてあるのでここから嫌な日射が入るのは限られた時だけですし、敢えてLow-Eガラスは使いません。

今週末引渡しですが、とても喜んで頂けていますし、肩の荷が下りると同時に寂しさもあります。
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by Moriyasu_Hase | 2012-02-22 10:57 | けんちくーしごと

竣工しました−1

昨日オープンハウスで、結構多くの方に来て頂きとてもよかったのですが、兼カメラマンの僕は少し焦ってしまい、日中ISOを高くしたまま撮ってしまっていてショックでした(このサイズでは分かりにくでしょうけれど)まず日中から。

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最近のよくある仕様なので既視感があるとは思いますが、、L型の平屋に切妻屋根をかけていて、平屋の切妻は実は始めてだったりします。
軒樋を付けず軒先薄くしています。
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内部からもその軒先のおかげで風景がすっきりと切り取られているのが分かるかと思います。当初この内部は柱は建てずにと思ったのですが、構造上も安定するし、梁との変形十字のフレームが連続して、ある方が良かったなと思えるようにできたとは思っています。家具は施主さんが探して来られたデンマークのUSEDですがすっかり馴染んでくれています。
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少しコストはかかりますが障子はやっぱり良いですね。かといってそんな「和風」じゃないでしょ??
和風というのは時に「うるさい(要素が多すぎたりして目に付く)」のですが、そうならないように全体や細部をつくっているつもりです。
眺望が良く開放的な敷地なので来られた皆さん驚いてられましたが、設計としてはその魅力を少しでも上げられるかが能力です。
ミースが,ファンズワース邸をつくって、「それまで自然があんなに色彩的だなんて知らなかった」と語ったそうですが、僕も自然がそんな風に見える建築がつくれたら良いなと思っています。
つづく。。
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by Moriyasu_Hase | 2012-02-20 14:27 | けんちくーしごと

Steve Jobs

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1はのんびり読んでいたのですが、2は昨日で読んでしまいました。
僕は自分の事務所をつくってから自身はずっとMacでしたが、でも当初はプリンターやらMac環境にしてしまうと面倒な事も多く僕以外は違いますし、ipodもiphoneも使っていないし、Jobs自身にそれほど興味があったわけではありません。
でも僕もものをつくる端くれとしては同じ問題ー彼が言う「技術と芸術の交差点」に向き合っているわけで、Appleを今に至らしめたJobsのがいかに生きたかという事を、断片的な狂信的な話でなくできるだけ生き様として読んでみたかった、というのが理由です。

特に思ったのは、彼が目指した「めちゃくちゃすごい=insanely great」は Insaneの意味の通り、狂っているくらい、という狂気から生まれ得るものだと思うし、それが彼のやった事だと思うのです。最近無くなった建築家、菊竹さんも提出直前でまとまりかけた図面を1からひっくり返してやりなおしたりと、狂気だったというような事を読んだ事がありますが、どちらもより良くなるためならどんな犠牲も厭わないという事なのだと思います。
また会社組織も製品も、一つの生命体のように完結し、判断をする脳と手足の末端が分断されたり外部に邪魔をされたりしない事でAppleもMacも結果うまく行ったのだと思いますが、それはSteveという「めちゃめちゃ」強い脳があったから成り立ってきた面もあり、ビルゲイツの言葉もありましたが彼がいなくてもそのような「統合アプローチ」がうまく続くのかは、今後しばらくのAppleを見てみないと分からないですよね。

でも「営業畑が会社を動かすと、製品畑が重視されなくなる」というのはとても重要な、かつ現代の病巣のような気がします。世の中ほとんど営業畑。建築の世界も全くそうで、美辞麗句は営業のためですが黙って良いものつくっていても仕事を失うばかりという。。

僕もそれなりにスタッフたちに嫌な思いもさせたり無理をさせたりしてきましたが(まあ彼の比じゃない)全ての関係者が自発的に前向きに楽しくつくり、その結果めちゃくちゃすごいものが出来ればめちゃくちゃいいなあと思うのですが、それは無理なのだろうか??
ピラミッドは奴隷が無理矢理つくらされたという解釈だったけど今じゃ公共事業として進んでつくったという説も強いらしいけれど、でも結果はめちゃくちゃすごいと思いますよね。
どちらにしても成員がそれを本当につくりたいと思わせるカリスマ性があればこそ、だったんでしょうけれど。

これで彼の人生が分かった訳じゃないけど、歴史はうわべを読んでも害しかないと思うし、そんな意味で歴史の一部の裏側を少し知る事ができてとても面白かったです。
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by Moriyasu_Hase | 2012-02-13 13:31 | みるーよむーかんがえる

破戒

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むかーし読んだはずなんだけど話の筋も覚えて無かったくらいでしたが、とても良かったです。
被差別部落出身を隠し、教師として生きてきた主人公が、非差別部落出身と公言する運動家や優しい人々に接し、その運動家が凶弾に倒れる中、自らも公言しその運動家の遺志をを継ごうとする。
多分、運動家の妻が主人公に言った言葉、あなたは非差別だという事をいい訳にしている、というのが彼を決心させたように思ったのですが、いろんな場面でも同じことがあるなあと。
僕は〜〜だから、私は〜〜だから、と自分の中でやらない事に対するいい訳をして、本当は変えたい、やりたい何かをしない自分、というのは99%以上の人間は否定できないんじゃないかと思います。
そして彼は公言することで、そのいい訳が出来ないように自分を追い込んだし、また解き放った。

また、運動家の妻が、誰もがいつまでもそんな差別的な意識を持ち続けるわけじゃないと言い、そして彼が東京へ旅立つとき、教え子たちが追いかけてきて、その1人の母がゆで卵を彼にと用意した。つまり被害者意識はまわりが全て敵だと思わせるけど、決してそんなことはないのだと。

さまざまな差別や抑圧や不自由や不平等は、確かにあるけれど、でも自分でより増幅させてしまっているのだから自ら乗り越える事もできるのだと、勇気を出そうと。

文学作品が映画化されたものの中には退屈なのもありますが、これは良かったです。
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by Moriyasu_Hase | 2012-02-13 11:05 | みるーよむーかんがえる

江戸時代日本の家

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ちょっと地味ですが改めて読んでみたくなりまして。
だいたいどこかで聞いた様な話ですが、武士や農民等、階級それぞれの家の間取りが載っていて、とても大きなものではなく、最小限の生活だった部分が結局現代の住宅につながっている、というか残り得たということが分かり興味深かったです。
まずは城下町の武士は何より客を迎える場としての座敷を道路に向けるのが大前提で、基本的に方位とは全く無関係だったけれど、農家はそんなきっちりとした道路に囲まれている訳でもなく庭先の作業も多く南入りがほとんどだったようです。でも仏壇を置いたり行事のために結局必ず座敷はできたし、農民レベルでそんな接客空間があったというのはとても特別だった、と言えば確かにそうかもしれないですね。それに伴って、入口の土間を下手として一番奥の座敷を上手という空間の秩序が確立したようですが、上座下座って欧米人には信じられない習慣のようですが、彼らには絶対的な「神」という上(駄洒落みたい)という秩序がある代わりに日本には上下という秩序があるのだと言えば理解されるのかな?とふっと思ったので近々誰かに聞いてみます。
そこで思うのは、近代建築というのはそういう上下のような空間内のヒエラルキーを撤廃すべくあったと思うのですが、それでも絶対の神は以前として存在する社会が源流だったわけですが、日本のような八百万の神の社会や尚更現代なんて様々な価値が余りにも相対化し過ぎた世の中なんだから、逆に建築や住宅内には上下のような秩序が存在した方が良いのではないか?という自分がつくっているものへの我田引水的な推論ですw。

あと本書でも触れられている、住む、澄むは「じっとしている」という意味で同じ語源であり、「済む(気が済むとか)」も併せて考えると、落着くべきところに落着いている様子、という意味で同じ語源のようで、これも示唆に富むと思います。

住宅設計をするなら大切な知識だと思うのですが、この手の事は建築系大学ではほとんど教えられないのですよね(最近は多少変わったのかな?)
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by Moriyasu_Hase | 2012-02-08 09:40 | けんちくーよむ

浜松市新美術館構想

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先日、セントラルパーク構想検討会があったようです。
そのうち最も大きな要素として新美術館があり、図中にある通り安藤案(地中)と地上案が並記されているようです。
H22.3「浜松市新美術館基本構想」から抜粋します。

「美術館を取り巻く状況は刻々と変化しているにも関わらず、開館から39 年目を迎えた現浜松市美術館は、一度も大規模な改修工事をしておらず、展示室や駐車場の狭小、空調設備の能力不足、市民ギャラリーや教育普及関連施設の未整備など来館者のニーズに十分応えられない状況にあります。このような美術館の現状は、創造都市・浜松を目指している本市にとっては課題となっています。」

基本理念として「新しい美術館は、創造的な活動との出合いを通して、人々に交流の場を提供し、市民が心豊かで文化的な生活を享受できる『明日への希望を見出す美術館』を目指します。」

運営として「魅力ある事業展開をしていくためには、優れた人材の配置が最も重要である。併せて、集客力を高める柔軟な運営が必要である。」

ところで新建築2004.9で安藤さんは地中美術館について記しています。
「自身の建築の傾向として、常に自閉的、洞窟的な空間イメージがあった。降り進むにつれて徐々に光が絞られ,冷たく静寂につつまれていくー地中にこそ,空間の原型に近づく手がかりを感じていた。。。地中美術館の建築は、自身の建築思想の根幹を問い直す絶好の機会であった。」

まず、まだ築40年(僕が生まれた1月後に出来たそう!)で、大規模改修は一切していないのに、既に現状不適合で建替えるしか無いというのはちょっと早計過ぎないです??
住宅や民間建築物はまだしも、美術館の寿命がその程度で平気で絶たれてしまうというのは建築物は文化ではなく、消耗品という扱いに感じますが、では今回の建替えられるものはどのくらいの寿命を想定するのでしょう??建てる時には想定されないから安易に壊されるのではないかと。

次に、基本理念と、地中美術館のコンセプトが馴染まないだろう事は感じられると思うのですが、この基本構想があったのに、何故地中美術館を提案させるような事になったのか?少し建築が分かる人間が意見していればこんな齟齬は生まれないはずだし、これだってかなりの税金の無題ですよね。

最後に「優れた人材の配置」例えればレストランをつくるのにシェフを決め店舗づくりから始めるという良く聞くケースのようなものですが、やっぱり最初に店舗など決めてつくってしまってからシェフを決めるよりよっぽど良い事くらいは分かると思いますし、であれば、21世紀美術館もそうだったからこそ大成功しているように、館長や学芸員を事前に決めて一緒に考えてゆく位の事をやるつもりがあるのかどうかは、ちょっと読み取れませんでした。

一般には余り知られていないかも知れませんが、近年世界的に美術館がつくられ、コンペで海外建築家が選ばれている(安藤さんも)のですが、それはやっぱり言葉は悪いですが、人寄せパンダとしての建築作品への話題性を求めているからでもあり、それが一概に悪い事ではないにせよ、浜松市もそれをやりたいのであれば基本理念との整合性も図って欲しいですよね。

と、それ以前に、今後財政はさらに厳しいのに大規模改修の検討はしていないのでしょうか?

ところでfacebookでこんなイベントを企画しています。
このブログとは違い気軽に楽しくやるつもりですので、よろしければご連絡ください。
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「セントラルパーク構想が動き始めているようですが、私たち市民としてその構想も、そして浜松城公園も良く知っていないのではないでしょうか?
まずは歩いてみて、何かを感じ,考えてみることから始めましょう。

14時にホテルコンコルド南の浜松城公園駐車場入口に集合
2時間程歩いた後別会場にて意見交換(ワークショップ形式などで)
その後希望者にて懇親会
会費は無料ですが懇親会は実費

今回は特に関心の強い方を中心に20名以内程度で実施し、4月中旬頃に多くの方を集めた2回目以降を実施して何か良い方向につなげてゆけたらと考えています。
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by Moriyasu_Hase | 2012-02-03 15:31 | 浜松のこと

OPEN HOUSE /Feb.19,2012

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崖に面して眺望の良い場所に建つ、コンパクトな平屋ですがなかなか気持ち良く出来てきました。
最近同じ様な仕上やデザインになりつつありますが、また違うものが出来たとは思います。

タイトルの通り、2/19日(日)オープンハウスを行ないます。
ご興味があれば、とりあえずご連絡ください。hasem@hase-a.com まで。お待ちしています。
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by Moriyasu_Hase | 2012-02-02 11:46 | イベント

新建築2月

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その名も「すごろくオフィス」大建metの設計。
僕はこういうのは多分設計しません、というか出来ませんが、でもとても面白いと思います。
「空地が増え続ける地方都市の中心市街地で、小規模建築用借地の障壁となっているさまざまな権利関係も、地中に構造部を持たない移築可能な建築デザインによって少しは自由なものになると考える」が「今回のオフィス計画では柱状改良の独立基礎に脱着可能な鋼管フレームを組み、居室ユニットにコンテナを再利用する事で移築可能な建築として借地条件を得た」というのだが、鉄骨フレームを使い仮設建築(1年?しか使えない)ではない建築物としながらも移設が容易だったり、コンテナを2次部材とすることで安く自由に使っていたりと、なかなか良く考えていると思います。
構造は名和さんが関わっていて、サヤ管を下階程太くして構造的バランスと脱着生を確保しているというのも良く考えてますよね。

本誌中に明治神宮外拝殿の改修から集合住宅の新築と改修のものが並んでいるのを見ていて、また古典を引き合いに出しますが「用、強、美(魅力という意味も)」それぞれの耐用年数をいかに想定するかというのが、建築を考えつくる時にはとても大切だなあと思いました。
もちろん全てが高い方が良いけれど、時間と時代の中でいつか改修や移設や解体を迫られるというところまで考えた上でどの程度の耐用年数を3つの項目において想定するのか?そして例えばこの建物は多分3つとも決して高くは無いけれど次のストーリーをきちんと考えてあるし、恐らくコストは随分安い。

現代の今の状況の中では、短期スパンでの建築の自由度を高める事を考えることはとても大切だと思うけれど、でも美意識としてちょっと退廃的なんじゃないのかなあと、個人的には感じます。
で「退廃」という言葉って余り耳にしないなあと改めて調べると「道徳的に堕落している」という事だそうですが、かといってその「道徳」なるものも普遍のものでもないし「近代」だってそれ以前から見ればある種の退廃を含んでいただろうし、、、頭ごなしに決めつけてはいけないですね。

でも僕は、美(と訳すから付加物に聞こえますが、魅力という意味で)というものこそが建築の存在理由であり目的であり、その手段として強、用、というものがある、つまりその場所に来たい、居たいと思わせる魅力が建築物をつくらせようとするのだから一番大切に考えるべきところじゃないかと思うけれど、確かに概念として曖昧でとらえどころがないからこそ、近代の合理主義の中では強、用に比重が重くなってしまったんでしょう。

話をややこしくせずに、その建築に「魅力」があるか?素直にそれが在って欲しいか?と感じてみるところから始めれば良いと思います。
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by Moriyasu_Hase | 2012-02-02 10:57 | けんちくーよむ