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はまクリ

実はコツコツと活動をしています。
先日のインタビューの様子がアップされました
まあ僕のは読み流して。笑
で、先日は次の企画で、『それぞれの「職」を通じて、30年後の浜松に何を伝え残せるか』というテーマで6名程で座談会(飲みながらですが)をやりましたので、またそのうちアップされると思います。

そこでも話した事なんですが、社会が大きくなり、複雑になり、とても自分や家族だけでは出来ない事が増えながら、職業というのも分化してきたのだと思いますが、そこには基本的には、この仕事はそのプロに任せておけば大丈夫、という信頼関係があって、プロの側もそれを裏切らない努力を続けてきたのではないかと、改めて「信頼」が全ての根底にあるように思いました。
貨幣だって、みんなが価値があると信頼し合っているから価値があるわけで、明日の朝、みんなが突然こんなの紙じゃないか(ありえなそうでゼロではない)と思った瞬間紙くずに成り下がり、また法律なんて守らなくて良い、というのも同様で、社会は大混乱する、という意味でやっぱり信頼が社会を成り立たせているんだなと分かります。

でもその信頼っていうのが、お感じとは思いますが色んなところで破綻をしかけていますよね。
大丈夫なんだろうか??
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by Moriyasu_Hase | 2012-07-30 18:47 | はまクリ

ガープの世界

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もう30年も前の映画だそうで、ロビンウィリアムズ若い^^
なかなかストレートな内容です。
看護士のジェニーフィールズは子供は欲しいけど夫(性交)は欲しくなく、戦争の怪我で植物状態だったとある男から、不思議な事に子供を授かる。それがガープ。

ジェニーは人間の欲望(It's lust)を強く否定し、「性の容疑者」という(その時代では)とてもショッキングな本を書き、とても売れ、フェミニスト(とても強い個性の)たちが集まり、そんな環境でガープもとても変わった人生を送るのだけど、ちょっと短くは書けないような。。見てください。

アメリカだなあ。と思いました。
物事を曖昧にし続ける日本にもまあ良いところはあるけれど、少なくとも現代のように情報や価値観や交流手段が多様化し過ぎた時代においては、日本的な曖昧さはただ自らの首を絞めるだけのように思いますし、もっとみんな主張をする、いやその前に意見を持つべきだと思うのだけど、原発問題のその後が象徴しているように思いますが、何かに基づいた意見ではなく、状況に流された感情でものを言っているだけのように思うのですが、、違うかなあ。。

何にせよ、難しく考えなくても良く出来た、そして何かを考えさせられる映画だと思いました。
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by Moriyasu_Hase | 2012-07-30 18:34 | みるーよむーかんがえる

浜松城の歴史を学ぶ

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日曜日にFacebookをベースに活動している100人100色の企画で、観光ボランティアガイドの方に歩きながら歴史をお聞きしました。
元黙口跡(今の元目町)引間城跡(今の東照宮)は城公園内ではないし僕は近いので知っていましたが、知らない方が多いようですが、どちらにしても地味に(PRされる事も無くという意味で)あります。
「浜松城は家康が生涯、自分で見つけ、自分で築城した唯一の城」また「出世城」といわれるように歴史上も価値のある場所にしてはそんな認知もされておらず、最近浜松市は可愛いキャラで売ってはいるけれど(賛否両論ですね〜)歴史的遺産としてもっと生かされてしかるべきだというのは、セントラルパーク構想検討会でも幾度と言われていたことでした。

僕自身として、実は歴史って余り興味を持てないし、成績も余り良くなかったのですが、何となく死んだ知識のように感じてしまっていたし、それは学校教育のあり方に大きな問題があるんだと思いますけど、生きた知識であって初めて「歴史」であるというか、まずはもちろん観光資源として知的好奇心に訴えかけるようなものであると同時に、歴史を学ぶ事によって、同じ過ちを犯さない(または成功を繰り返す)というのが元来人間が歴史を追い続けた理由じゃないでしょうか。

喩えて言うと、人間であれば、一度、脛(すね)をぶつけてとても痛い思いをするとその後は反射的にそれから逃れるようにインプットされるというか、多分骨が露出しているので弱点だからこそ必要以上に痛みを感じるようにできているんじゃないかと思うのですが、それは1人の人間の生涯という歴史の中で身につけて行く事ですけれど、1000年単位の歴史で失敗を繰り返さないためには後世に伝え、先人に学び続けるという事で初めて脛をぶつけないようにできる、というのが歴史を学ぶ事ではないかな、なんて思います。

かと言って、今回歩いて学んで、じゃあこれから何をすべきか、何に気を付けるべきかが分かったのか?なんて単純な話ではないけれど、歴史を知る事で、オリジナルの姿、そしてその都度改変されてきた事やその改変がどんな意図(または無意図)で行なわれ、結果がどうなってしまっているのか?が少し分り、であれば今後はこんな意図で改変を行なうべきだ、と考えるための教材にしなければならない、という当たり前の事に今さら気付いたようなものでした。

全3回企画の最終会は8/26(日)午後に、セントラルパーク構想(まだ素案段階ですが)についてもう少し知り、市民としてどうあって欲しいのかを考えるような会を予定しているのですが、本当は担当課の方に来て、説明や意見交換をお願いしたかったところですが、市側もその後進展もないようで無理にお招きしても生きたコミュニケーションが望めなそうであれば、市民だけでやる方がベターかなと、そんな風に思っていますが、また企画をご案内しますのでご興味があれば是非。
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by Moriyasu_Hase | 2012-07-24 09:39 | 浜松のこと

大分の地鎮祭

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大分の住宅も1年程かけてゆっくり設計をしていましたがとうとう着工となり、土曜に地鎮祭に行きましたがご存知の通り随分雨が降っていて、電車も遅れたりしましたが、当日は雨も多少大人しく、でもご覧の通り不思議な水上地鎮祭と相成りました。
もちろんこれから土を盛る(地盤改良もやります)のですが現況は地盤が低いままなので仕方ないのですが、朝は強い雨の中施工者さんたちには足場板でステージをつくってもらいました。
環境が雄大だから何となく美しいなあ〜と感心したりしてしまいましたが、もちろん本来宅地が水没するなんていうのは良い事などではなく、お陰で少し高めに土を盛りましょう、とみんなで合意もできたという意味では大雨も良かったな、なんて。

実は施工者さんとお会いするのが初めてだったのですが、私の設計の方針には共感頂けていたようで逆に教えて頂く事も会ったり、地域性の大きな違いをお聞きできたりと良かったのですが、基本的には設計者が直接施主から依頼され、それを工務店が施工するという、僕にとっても当たり前のスタイルがほとんど無い、というのは以前北陸の方からもお聞きしたりしましたが、都市部は別として、静岡や浜松はまだ恵まれているようですが、地方都市というのは概ねそんな感じのようです。
だからこの施工者さんもそうですが、本当は杉の床にして左官で塗って、が良いに決っていても仕事を取るためのコストダウンとかメンテナンスの理解が得にくく建材にせざるを得ない現状もあるようですが、そんな妥協は誰のためにも(ハウスメーカー、建材メーカーの儲けは別として)ならないから、やっぱり設計者が力をもって主導した方が良いと思うし、この仕事が何かその地域での良いきっかけになればいいのでどうぞPR下さい、と施工者さんにはお話もしておきました。

でも、いままでもそれなりに良い環境での設計もさせて頂いてきましたが、ここの雄大な、不動な感じというのは改めてすごいなって思いましたし、ここに設計させて頂いたものが、いかに立上がり、どう見えてくるか、というのはとても楽しみです。
と言っても片道5時間^^;
まあ誰にも邪魔されない、良い読書時間になりそうです。
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by Moriyasu_Hase | 2012-07-17 11:40 | けんちくーしごと

よのなかのルール

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しばらく前の本ですが。。。
「世間」というと外からの視線というか世間体という言葉の通り、私たちが外から求められるものですが、ここでは、「ぼくの答え」というか「内から外へのまなざし」という意味で、「よのなかのルール」を見つめ直すために何人かでいくつかのテーマを取り上げています。
宮台真司さんのストレートな物言いが好きでそれもあって読んだようなものだけど「なせ人を殺してはいけないのか」は面白かったです。
人間も殺戮を繰り返して来たし、動物も殺すまではゆかなくても凶暴になるのは、「仲間を殺すな」という単純な本能のようなものがあり、だから侵略されたり戦争時には平気で殺す事ができて、それはやっぱり仲間でないものが侵入して来た時なのですが、その「仲間」という範囲がある地域や国、という範囲で感じられていた時代が終わってしまい、とても身近な仲間(友人とか)でない限りは仲間なんかじゃなく犬や電信柱と一緒、と感じられる時代になってしまったから無差別殺人のようなものが起こる時代になったのではないか、そして「何故人を殺してはいけないのか」と敢えて問わなければいけない時代になってしまったのではないか、と。

それでも、特殊な精神状況だったり訓練を受けない限り,戦場でいきなり殺したりできないだろう理由は「自尊心」があるからであって、それは本来親や大人が「承認」という形で子どもたちに与えてきなものだけど、戦後の共同体の空洞化や大量生産的な教育の中で、「自立的尊厳」を抱けなくなってしまったしそんな大人が子どもに接する事で「バカを感染す」連鎖を起こしてしまっていると。

日本の子ども番組(最新は良く知らないですが。)では「みんな仲良し」とやっていますが、先進国は完全にやめているそうです。つまり仲良くできない相手とどう付き合うかを何も教えないことによって逆に人殺しを奨励してしまうという。
つまりは個々が自立し、自ら判断するという環境をつくってゆかなければならないのですが、今の親世代が既に「バカ」だから事は単純ではないわけですが。。

と宮台さんほど過激でないにせよ、他のテーマもまあまあ面白かったです。

ついでに姜尚中さんとの対談本を読んだのですがいやいやこちらは遠慮なく難しい内容でした。
が、その中で引用していた「ミドルマン」つまり「メディアによる世論形成を正しく行なうには、エキスパートと大衆では駄目で、そのあいだを媒介する人間が必要」という概念ですが、お二人ともどこかでそれを自任されているようですし、何も分かっていないのにそれらしい事を分かったように語る連中が多いのを嘆いていたりしますが、我々側にも、そのミドルマンの真価を見極める程度の能力は求められているという事だと思います。

以前からたまに言ったり書いたりしてますが、プロっていうのは本来そんなミドルマンであるべきだと思っていますし、僕であれば建築の世界でそうありたいと思っています。
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by Moriyasu_Hase | 2012-07-16 18:29 | ひとって?

新建築7月

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清水建設本社だそうです(とデカいビル嫌いだから冷たいw)
21年前に建てた本社は改修して賃貸ビルにするようですが、このエコの時代一流ゼネコン本社は最先端を行っていないといけないという事なんでしょう。解体して建替えた訳じゃないんだからと言われても、床余りの時代にまだ使える本社があるのに新築するというのは、いくらエコ最先端のビルと言えども建設に伴う地球への負荷を考えれば、どう考えてもエコではないですよね〜

続いてパレスホテル東京、丸の内永楽ビル、渋谷ヒカリエと掲載されてますが、それぞれ1140〜1590%という容積率で、やっぱりな〜というところですが、東京の、それも新しいビルはそりゃあ当面は埋まるでしょうけど、その裏でガラ空きになるビルや、東京が独り勝ちすることで、遠回りには地方の中小都市の中心市街地の没落が加速するんでしょうね。

でも日本って、自転車操業みたいな国というか、せっかく頑張ってつくっても、そのうち耐震基準のような基準やエコ技術のように強制までされなくても暗に強制されているようなものによって、改修や建替えをするしかなくなるし、また将来そうなるだろうとみんなどこかで分かっているから、今つくるものにそんなに思いを込めたり、本当に未来を考えたものにしなくてもいいだろって諦めが入ってしまっているし、国もそれを良しとしているようにしか思えないので、こういう建築というのは、良く出来ているかどうか以前に、出自を疑ってしまいます。

ところで、隈さんの「アオーレ長岡」って、、市庁舎なのにあんな軽薄でいいのかなあ。。実物はもっと軽薄なんだろうけど、まあ軽薄で選ばれたんだからそういう時代なのかな。。
神がいるとは思わないけれど、地球の美しさは神の存在を感じさせますよね。同じく建築もそんな神のような存在を古代から追い求めて来たように思うのですが、もうどうにでもなれーって感じに見えます。
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by Moriyasu_Hase | 2012-07-06 13:50 | けんちくーよむ

エレファントマン

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随分話題になって良く耳にしたり、小学生の頃はイジメのセリフのようにも使われていたような、、で今さら初めて見たのですが、見ておいて本当に良かったと、今まででも僕的には最高ランクかな。
ジョセフ・メリックは1862年イギリス生まれの実在した方で、プロテウス症候群、俗称エレフェントマン病だったそうで、その外見のため、サーカスの見せ物のような事しか出来なかったけれど、とある医者によって大きな病院で大切に扱われ、多くの温かい心に接して、、という話です。
表現がどうとか、デヴィットリンチ監督がどうとかはいつものように置いておいて、何しろ「多義的」で「衝撃的」だったように思います。
つまり心に強く突き刺さって来た上で、様々な事を考えさせられたという事で、それは「世間」が作り上げてきた排除の構造というか、理想的なものをでっち上げる事で、そうでないものを虐げる部分と、でも心の中に隠れている、そんなもの関係なく心が感じる部分の間で私たちは生きているということ、というのか。

その医師(アンソニーホプキンス)が最初に彼を見た時、周囲は気持ち悪がったり卒倒する中で、涙を流していました。そんな意図があったか知りませんが、それが、世間と心の中の対照だったのかなと思いました。
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by Moriyasu_Hase | 2012-07-03 15:54 | みるーよむーかんがえる

田母神塾

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まずはこういう大人がもっと日本に増えればいいのになと思います。
こういう、というのは、自分の専門分野にとことん努力し精通して、誇りを持つ事によって周囲に流されずに信念を言葉にできる人間というような。
一方の政治家さんたちは、一体何が専門分野なのか?不勉強にもかかわらず、というか良く分かっていないから、田母神さんのような人をクビにするしかないんでしょうね。
僕の持論でもありますが、その現場にいる人間が一番良くわかっているのだから、その判断を尊重できるような信頼関係さえ築けば、世の中殆どの事がよくなると信じています。

本書の内容は、まあ普通には(テレビなどでは決して)耳にしませんが、今時それなりに流通している日本の歴史観なのですが、つまりは、日本は大戦で恐ろしくひどい事を行なった人種であるから、繰り返し繰り返しその悪行を思い出させなければならない、なんていうのはアメリカや中国などが日本からその後もお金を要求するために植え付けたウソなのだ、という事ですよね。
また憲法で戦争放棄に関して、自衛までは認められているが、本土攻撃をされて初めて反撃が可能であってもそんなものは自衛にならないし、領土侵犯をされても手も出せない状況だからナメられるんだという。国家の第一の責任は国民を守る事だとすると、それさえも果たせていない状況なんだから、憲法改正も色々と議論されていますが、日本だけ決めた戦争放棄はとても美しいものだから、みたいな護憲派もいる中で今後どうなるんでしょうね?

侵略のための戦争、戦力を放棄したままきちんと国が守れるような法改正はできるんでしょうけど、上に書いた通り、日本人はひどい人種だとインプットされてしまっているので、国内外共に足をひっぱるんでしょうねえ〜。
田母神さんのいうように、やはり日本人は「誇り」を取り戻すべきだし、そのためにはやはり正しい歴史というものを、隠さずに改めて議論をするしか無いんだろうなと思いますが、この平和ボケから目覚めさせるような事でも起きない限り(ミサイルが落ちるとか)難しいのかなあ。。
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by Moriyasu_Hase | 2012-07-01 18:03 | みるーよむーかんがえる