<   2013年 03月 ( 6 )   > この月の画像一覧

日本の深層/梅原猛

f0157484_2171336.jpg

学術的なレベルの事は詳しくないのですが、恐らく、縄文文化は弥生文化に追い払われた過去の、劣ったもの、というのが一般的認識であり、学者界でそう主張されているから一般人もそう思わされているようですが、それに一石を、それも大きな一石を投じている書じゃないかと思います。

例えば、鬼とか、山岳信仰とか今でも日本人の精神の大きなところを形づくっているものが、実は縄文、それは実は蝦夷、アイヌの文化ではないか?というのが要点で、梅原さん個人の推測じゃない?と感じられる部分もありますが、概ねで僕は納得しましたし、それを改めて自覚するという事は日本人にとってとても大切で、必要なことだと思わされました。

僕なりのまとめとしては、例えば未開の部族って多分例外無く自然や動物に対する大きな畏怖を持ち、その族内でとても強い道徳概念、つまりこれは絶対にやってはいけない、というようなものを持っていると思いますが、一方で違う国や部族を打ち負かしたりしてゆくような状況の時、つまり戦国時代のような時には、騙してナンボというか、自らの部族の持っていた信念を頑なに守っていたら征服されてしまうところがあるから、世界中で侵略が進む程に、未開の部族が持っていた上記のようなものが失われる一方でしかないのではないかと。そして、それが縄文と弥生文化にも当てはまり、後で九州辺りから入って来た、弥生人、つまり侵略者ですから騙してナンボの人種、そして自分たちの世界を頑なに守るバカ正直な縄文人を追い出してしまう。

そこまではまあ確かに近いとして、でも梅原さんは弥生人が勝ったかもしれないけれど、日本人の精神には縄文人、そしてそれは実はアイヌ人の精神が流れていると。具体的には東北の宮沢賢治や演歌歌手など、日本人の心の奥底に触れるのは、そのアイヌから続く精神ではないかと言う訳です。

日本は島国だし、鎖国していたときもあったり、未開の民族の閉鎖性みたいなものを温存しやすい状況にあったとも言えるし、日本人独特の精神性(鬼や獅子舞といった独自のものを未だに持っている)は決して外来の弥生人がもたらしたものであるはずが無い、というのは確かな気がします。
東北が日本の精神のルーツだということ、でも東北人はバカ正直で騙されやすいということ。何だか近代以降は騙し合いの世界になってしまっているように思いますが、そのバカ正直さこそが大切だという世界にまた戻らざるを得ないときが来るんじゃないかと思います。

ということで、近々東北に行こうかな〜なんて思っています。
[PR]
by Moriyasu_Hase | 2013-03-24 21:39 | みるーよむーかんがえる

坂口安吾

f0157484_1144056.jpg

大分への往復の読書タイムに。
文学作品って、肌に合う合わないがあると思いますが、僕の肌に合うなあと。
何故だろう??
登場する男女の会話
「あなたの謎なぞは渡しが必ず悪い女でなければならないのね」
「あべこべだ。僕は賛美しているのだよ」
「だから、悪い女を、でしょう」
「悪いという言葉を使った筈はないぜ。僕には善悪の観念はないのだから。ただ、冷たいということ、孤独ということ、犠牲者ということ、犯罪者ということ」

ここだけじゃ分からないかもしれませんが、まあ作家というのは登場人物に何か代弁させているはずで、読者はその言葉に力を感じれば引込まれるし、そうでなければ、、。
「善悪の観念」というのは実は僕にもあまりありません。
誤解されると困りますが、悪い事をしても良いと言ってはいません。
「善」と「悪」の境目なんて状況によって変わるし、はっきりしないにも関わらず、「善悪の観念」というのはとりあえずどこかで線を引いて、ここから先は善、ここから先は悪ね。と決めつけますが、それが好きではないし、状況によって、自分の価値観において、善、悪というのを各自決めるべきだと思っている、という事です。
善悪に限らず、世の中の多くの事において、誰かが勝手に決めたその「線」に無批判に誘導されてませんか?
たとえば「エコ」という言葉もその一種なので、僕は信用しないし、嫌いですし、使いませんw
[PR]
by Moriyasu_Hase | 2013-03-23 11:14 | みるーよむーかんがえる

ついでに鳥取へ

大分通いも終わりに近いですが、今回は鳥取へ。
まずは何とか夜中に米子にたどり着き。
f0157484_10164869.jpg

菊竹さん設計の東光園/1964に泊りました。増築されていて客室は面影はないと思うのですが外観やフロント辺りは当初のまま(痛みも結構ありましたが)で強い構築性がとても迫力がありましたし建築的には名作と言われる通りだと思う一方、単価の安い温泉宿扱いになってしまっている現状を見ると、保存問題でいつも感じる、建築の専門家と一般人の価値観の乖離を思わずにはいられませんでした。
f0157484_1017938.jpg

翌朝同じく菊竹さんの米子公会堂/1958に行きましたが改修工事中で、解体か保存かで揺れていて保存と決まったって読んだ?なあと。でも築55年で保存と決まったというのは日本ではなかなか無い事だしそれも建築に込められた設計者の意志があってこそだろうなと思います。
f0157484_10172464.jpg

次は高松伸びさん設計の植田正治写真美術館/1995ですが、展示室をつなぐ場所から近くの美しい大山をこのように切り取るという構成(このスリットが3つある櫛形の平面)はとても単純だけど良く考えられた、そして良い建築だと思いましたが、何しろアクセスが悪くタクシーの運転手とも話したのですが客も少なく財政負担も大きいようで、はがれかけた舗装が放置されていたりと悲しく思いました。やはり芸術家などの個人美術館というのは「記念」でつくられるので採算が軽視されているので全国各地にもこんな寂れかけた美術館があるなあと、でも考え直さないといけないなあと思います。
f0157484_10174035.jpg

松江に移りまた高松さんのくにびきメッセ/1993ですが、思いのほか良かったですw.。先ほどの美術館もですが、かつてのバブルの象徴のような高松作品は嫌いででしたが、ここもかなり大きな施設なので抑えるべきところは抑えなければいけないので、表現も適度に抑えられ、それがちょうど良かったし、さすがにデザインやディテールは上手だなと思いました。
f0157484_101881.jpg

松江城にも行き、周辺の環境も含め、僕は城というなんだか攻撃的な建物は好きではなかったのですが、ここはとても優しく、この写真のように裏には古い街並やぐるりとお堀があり観光用の船がぐるぐる回っていたりと、お城では始めて良いなと思いました。熊本も良かったけれどちょっとオーバースケールだったかな。
f0157484_10182076.jpg

ほど近くにある菊竹さんの田部美術館/1979。コルテン鋼の屋根がなんだか茅葺きのような素朴な印象で(それを狙ったのかは??)その大屋根の下に立体的に展示室が配置されている、まあ大人しいけれど良い建築でした。屋根の可能性もまだいろいろあるなあと。。
f0157484_10184770.jpg

最後は出雲大社です。まあ場所柄若い女性が多かった中に中年男が1人でw。
大社のほうはさておき、菊竹さんの出雲大社庁の舎/1963名作と評されてきたので今回の一番の目的だったりしましたが、実物は思ったより装飾性が強い(妻面だけですが)のと、コンクリートルーバーも随分薄汚れてきてはいても、この恐ろしく歴史的に重たい建築群の中できちんと建ち続けているという、それもコンクリートの近代建築で、というのは、菊竹さんや丹下さんくらいしかできないんじゃないかなと思いましたし、それは構築的な強さであり、象徴性であり、そして一番大切なのはやはりある強い美意識に基づいてつくられたかどうか?なのではないかと思いましたし、それこそ建築に最も大切で、でも現代建築に失われてしまっているものじゃないかな?と思いました。

と、1日かけずって帰途につきましたが、他にもいくつか見ましたが菊竹、高松作品ばかりですね。
[PR]
by Moriyasu_Hase | 2013-03-23 10:50 | けんちくーみる

大分の家-竣工写真

とうとう完成し、しばらく後にお引渡です。
大変だったと言えばそうですが、良い施主さん、良い工務店さんに出会えた事もあり、思ったよりも良い形で終われそうなので感謝の気持です。
f0157484_18464541.jpg

西の妻側ですが、駐車のためもあり北に大きく庇をはね出しており、写真では分かりにくいですが結構はね出していてもちろん構造的には慎重にやっているので不安はありませんが近くでみるとなかなかかっこ良かったです。右の45度にカットしたところが玄関です。
f0157484_1847755.jpg

こうみると、素直な切妻の平屋ですね。方形(正方形)の平屋はしばらく前にいくつかつくりましたが切妻というのはありふれ過ぎていて凡庸になりそうで恐い面はありましたが、何とかそこは乗り越えられたかな?とは思っています。
f0157484_18473548.jpg

南には広い庭と田畑、その向こうに山が見えるというとてものどかで気持のよい場所ですからこのデッキも活用されると思っています。
f0157484_1847445.jpg
内部は最近の仕様ですねwでも外の景色が違うと建物も生かされるものだなあと思いました。

遠方なので残念ながら夕景はありません。

設計をするのも依頼するのも、その地に近い方が当然良いとは思っていますが、今回はそれを乗り越えて良い結果だったと思います。それも施主さんから信頼頂け、また信頼できる施工者が見つかる事が前提なので、必ず毎回上手く行くか?というの自身がないところはあります。
でもお陰でなかなか行かない場所へ(大分、熊本、福岡、長崎、山口、島根)など足を伸ばそうと思えましたし色々な意味で自分にとっては良い経験だったと思います。

では、次は東北方面からでもお声がかからないだろうか??なんてw
[PR]
by Moriyasu_Hase | 2013-03-21 18:58 | けんちくーしごと

新建築3月/建築とは何ぞや

f0157484_941153.jpg

伊東さん、乾さん、平田さん、藤本さんで背敬した、被災地陸前高田市に建つ「みんなの家」
震災後伊東さんを中心に建築家たちが様々な活動をしていて、その伊東さんが今までの自分や建築家たちが追い求めていたものに対して「『作品』という概念はもう消えた方がいい」みたいなことを反省的に色んなところで発信しているのですが、今さら伊東さんがその事を言う事に対して大変な違和感を感じています。
震災前後や、自分が若かった時代と今後では状況が違うのだから、という前提で言っているのだけど、そもそもその前後で「建築」という存在、社会に対する位置づけが質的に変わったのか?僕はNOだと思いますし、時代が許してくれているだろうと作品性ばかり追い求めてきたあなた方の世代がより建築と社会を乖離させ、震災後もご尽力されても思うようにいかない理由のひとつはそこにあるのではないのですか?と問いたいです。

しばらく前に宮城野みんなの家というのを伊東さんが設計されて、平凡な切妻に縁側というものに対して「自分でも最もフィットした感じがあった」と語り日経アーキテクチュアで「ほかの建築家があそこまで個を消すのは難しいのでは?」と問われていたのですが、その会話から読めるのは、僕たちのように地域で地道に設計をしている人間は決して建築家の仲間ではなく、個を強く打ち出す作品をつくる者のみが建築家である、と言っているに等しいと思いますし、建築家というのは実際そうなんだと思うので、だから僕は自ら決して建築家とは名乗らないようにしています。
つまり僕は「個」を主張しようなんて設計をしたいと思っていませんが、もちろんある1人の人間がひとつの形を生み出す中で必然的ににじみ出てしまう何かというのは避け難いしそれが結局その建築に何らかの魅力を与えると思うし、それで十分だと思っています。素晴らしい古建築にだって設計を誰がやったか分からないものも多いでしょ。

以前からたまに書いたり言ったりしてますが、日本では正式に国家資格として位置づけられているのは「建築士」だけですが建築士は「建築基準法」という技術的な最低限を定める法を守っていれば済んでしまうし、設計者以外にも工事業者なども持っていて、設計の独立性(三権分立と同様ここが重要)を守れる状況にないので、だから建築家(日本にはどこにも定義はなく名乗った者勝ち)たちが小さなサロンのような「建築家協会」なるものをつくって「建築士会」という一応法に基づいて設置されている最大の技術者集団から距離をとっていたり、建築士事務所協会やら建築学会やら全くまとまりのない状況なので、その中で「建築」の意義や社会性を国民や政治に正統にアピールも出来るわけも無く、、という結果が現状です。

まあまた文句ばかりですが、この状況を変えるために必要と思うことですが。。
・建築士という資格は設計専業者のみの資格とする(多少そういうながれにはあるけど甘い)
・設計施工という会社は分離せよとは言わないけれど設計と施工を分離して契約を義務とする
・建築条件付という独占禁止法違反している状態の売り方をいい加減禁止する(国民の利益を考えろ)
まあ、まずもしここまで出来れば、その後は自然と建築士が努力して社会との接点を見いだして状況は好転すると思います。。。がそこまでが難しいでしょう。
と言ってもそれを変えない事には、伊東さんのような立派な方がきれい事言ったって何も変わらないと思います。つまり体質から変えないと塗り薬を変えても目先の事にしかならないという事です。

はーー。最近毒を吐き足りないのだろうかw
[PR]
by Moriyasu_Hase | 2013-03-16 10:16 | けんちくーよむ

進化が語る現在・過去・未来

f0157484_15312.jpg
また別冊日経サイエンスですw
とても好きな内容だったけど何故か読み進まず、、かなり専門的な内容も多かったのと、それぞれに考えさせる事が多くて、少し読んでは考え、寝てしまいwと。。
内容は盛りだくさんなので触れてられませんが、ご存知の通りDNAには恐ろしい量の情報が詰まっていてその違いによって種の違いがあり、また常にそのDNAをコピーしなければならない中で(私たちもタイプミスをするように)変異が起こり、新しい種が生まれてくるのだけど、その変異は本来ランダムで逆に環境に適さないものも生まれるけど、環境に適した変異体の方が当然生き残るというだけではなく遺伝子レベルでも生まれやすい?ような事事が書いてありました。全くランダムな変異の結果にしてはかくも多様かつ美しい地球は出来なかったのでは?それこそ神の仕業に近いと考えていた僕には合点の行く所でした。
しかし僕らは元々魚だったわけで、大陸が移動する過程で浅瀬に棲む魚が、水中の酸素が少なかったり地上に昆虫が居たりした中でまずは空気中の酸素を吸う為にヒレが足に代わり、少しずつ陸上生活を始めた、という下りは魚好きの僕にはたまりませんでしたw。

でもこうやって生命というものを知る事で益々確信することは、簡単に言うと輪廻転生的な事です。
単細胞生物は限りなく分裂を続けているだけで、「死」などなく、多細胞生物となって始めて「死」や人間になって始めて「個」なんて概念を生み出したわけですが、僕らの体だって無数の細胞が常に死んで生まれているわけですが、それを気に留めないのと同様に、もっと世界的に、単に「人類」と考えてみれば、常に個人が死んで生まれるのは当然な訳で、その視点から見れば、僕らは単なる歯車としての「個」に過ぎない、と考える事ができるわけだし、東洋的な考え方はそもそもそうだったのじゃないかと(大して調べた訳じゃないです)信じています。
そう考えれば、死も恐く無いし、目先の事で悩んだり苦しんだりも、余りしなくなるんじゃないかなと。
だからと言って、没個性なつまらない人生、という訳じゃなくて、内面に向かい合う事がそれが実はとても豊かな事なのじゃないかと。そう思ってます。
僕は子どもの頃から特に魚や小動物が好きで、ずっと飼って、随分殺してしまってきましたが、何となくそれから学んだ事が今の思考に繋がっているような気がしています。
[PR]
by Moriyasu_Hase | 2013-03-10 16:08 | ひとって?