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住む。に掲載頂きました

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先日発売された 住む。にTK邸を掲載頂きました。
あまりこういう事に執着してはいけないなというのもあり、このようにきちんとした雑誌にとりあげて頂くのは初めてなので、取材など通じて、そしてこうやって形になって、色々改めて考えることがありました。
特に、住む。は書店に平積みにされているハウスメーカーなどのカタログ集か?みたいなとてもその中には無料だと言われても(実際お金取るけどw)混ざりたくないと思うのとは違い、広告も抑えめだし質が確保されている。もちろんそれが編集方針なんだろうけれど、なかなか少ないですよね。
あと、全くもって住まい手目線であること。一方で僕たち設計者達が良く見たり買ったりするのは真逆で設計者目線の雑誌で、写真に生活臭が出るようなものは入って欲しくないから最低限の家具しか写っていなかったりするのですが、やっぱり住宅は住み倒されても建築としての力を失わないものこそが評価されるべきだから住まい手目線に耐えなければならない。そんな意味で施主さんの言葉や実際の現状の写真を並べられると、当然僕の手を離れたところにこの住宅も有るわけだけど、何となく僕が込めた意志をこの建物がきちんと秘めていてくれているように感じられて嬉しかった。
あと細かいようで僕には大きいのが、8P中5Pが1枚の写真で構成頂いていたのですが、写真って大きくすると結構間延びするというか小さくして沢山並べた方がごまかし易いと思うので、そういう意味でちょっと嬉しかったです。そのためには強い構成ときめ細やかなディテールが必要だと思うのですが、もちろんまだまだ力不足ですが励みになるものですね。

よろしかったらお近くの書店にて^^

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by Moriyasu_Hase | 2013-12-26 18:46 | けんちくーしごと

道具論ー栄久庵憲司

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「道具」という言葉を改めて考えておきたいな、と読んでみました。
インダストリアルデザインの草分け的なGKデザインでメダボリズムグループにも入ってましたが、他の建築家たちと違い言ってる事は感覚的で余り論理的でなく、少し破綻気味かもw
「道具はもの事の論理と倫理を構造化したものである。倫理はその目的、行く手『道』である。論理は物事の存在理由を具象化、具体化した『道具』における『具』である。」とはその通りだと思いますが、彼らが「道具」という失われかけていた言葉を生き返らせたようですからそこはとても評価すべきだと思います。
「道具は人の幸せのために身を挺して尽くす。人の心を支えて、人の存在を高め、深めてくれる。道具は人に作法を教え、人を躾ける力を持っている。。」のであり、道具には命が、そして道具世界があるのだけれど、大量生産消費社会の中で、それが失われかけている事を危惧し、「道具世界にたてる五つの誓い」を掲げる。
1、健康で正しい道具を生み出して行く仕組みづくり
2、道具の病院をつくる
3、道具の高齢化社会の実現
4、生活道具の歴史博物館をもつ
5、道具の存在としての正と邪を裁く裁判所をつくる。

え??という内容と感じられるかもしれないけれど上記のように道具を生きたものとして捉えるなら決しておかしな主張ではなかろう。

あと、あの2001年宇宙の旅を引き合いに出すのだけど(久々に観てみました)猿人が動物の骨を握り、叩く,という事を覚えるところから始まりその投げた骨が宇宙船に変わるという絵は秀逸だなと思うし、実際単純な道具の延長に宇宙船もあるのだろうし、最後には宇宙船をコントロールしているコンピューターHALに感情?が芽生え、間違った目的を正そうとするというストーリーで、栄久庵さんもそれに深く共感しているようなんだけど、どうも、上で言う道具が生きているとか感情がある,という事と、コンピューターやロボットに感情や命が芽生える,という事は本質的に違う事だと思うのに、栄久庵さんはそれを混ぜているのが、僕にはどうも違和感がありました。
もちろん広義にとらえればどちらも道具なのでそう言いたいのだろうけれど、本当に道具という世界と取り戻したいなら,狭義の道具、つまりもっとプリミティブで感覚的に人間の手の延長として使える範囲のもので、使い込む程に良くなったりして、モノとしても美しいもの、として考えたいし、栄久庵さんも書いていたけれど、宇宙船なんて美しいなんて考えたらつくれないし即物的になるしかないから、やっぱり機械の延長なんじゃないかと思う。そしてそう言う意味では、建築や住宅は、決して「機械」ではなく「道具」かと。
追記)僕なりの定義としては使う程に質的に向上するのが道具。刃物などつまり職人業的な。PCだってゲームだって向上するだろ?ってのは違って速度が早くなるだけで数人がかりでやれば同じことができるならそれはやっぱり機械と呼ぶべきだから、宇宙船は機械。それをつくる過程では道具や職人が必要かもしれないけれど。

でも,その辺りを自分なりに整理して読めば、道具というものの大切さを感じさせてくれる書だとは思います。

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by Moriyasu_Hase | 2013-12-23 15:47

統計の威力/Newton

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統計。なるほど、今の世界を動かしてるすごい力なんだな、というのは感じましたし、統計をうまく用いる事で、個人や国などが主体的に何かを選択する参考とするというのはとても大切だと思うのだけど、いわゆるビッグデータによって僕たちの行動や好みが吸い上げられて、売れるための商品がつくられていく、という面はとても気持悪く思う。つまり、こちらから選ぶ参考にするのではなくて、無理矢理(というか無意識のうちに)選ばされ、結果売れる物ばかりの世の中になってしまって来てますよね。売れないものはいくら価値がありそうでも排除されるために統計が使われている、というような。

さてそれより、「脅威の食虫植物」という特集の方がよっぽど僕には面白かった。何故植物として(つまり動物でなく)枝分かれしてきたのに、補食する、という力が備わったのか?理由は、土等に養分がなく植物として育ちにくい環境にあったから、そうなった、というのはそうだろうね、という事だけど、葉っぱが広くなったり背が高くなったりというバリエーションを超えて補食なんて能力を得られる程、環境に対して変化が可能なんだ〜という感心です。というか動物も含めて、常に環境の変化に対してかなりの巾の変化の可能性を秘めているけれど、それほど環境が変わらないか、急激に変わり過ぎて変化しきれず滅びるかしてしまっているだけで、うまくゆけば凄い変化をできる可能性を全ての生命体は持っているんじゃないのかなあ。

もうひとつ「なぜ鳥は飛べるのか」も。人間がいくら飛行機で飛び回れるようになっても、あの自由な飛び方とは全く比較にならない程度だし、やっぱり人間の文明なんてたかが知れてるという事を常に自戒として思い出さないといけないなあと。



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by Moriyasu_Hase | 2013-12-20 16:25 | みるーよむーかんがえる

設計者選定について

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またしつこいですが、中部中学校区小中一貫校の設計者選定について。
市に今まで非入札で実施した件を問い合せてましたが、先ほど電話があり、決まった期日を1月程延ばしてもらえないか?とのこと。
入札は12/25らしいし、まあ僕が叫んで暴れたところで淡々と行われるのだろうけれど、元々はそのための問合せなので忙しいのは分かるけれど平然と延期させてくれというのは釈然としない。
非入札を検討するかどうかの基準は無いし、今回も検討しなかったとのことですが、それを推奨して取組んでいる国交省の基準について国交省に聞いてみたら、「建設コンサルタント業務におけるプロポーザル方式及び総合評価落札方式の運用ガイドライン」に記載の通り(上の図)建築士法3条、3条の2に規定するもの、つまり木造なら300平米以下、それ以外は30平米以下、でもなければこれに該当しますので、国や市が発注する新築物件はほとんどかかるのではないでしょうか、についてはプロポーザル方式とするようしているそうです。
もちろんこれは国が発注するものに関するだけで、地方公共団体に対して強制力がある訳ではないですが、もちろん国がその方向で取組んでいるという事は、ある程度倣うべきだという事だとは思いますが、いかがなものでしょうか?
だいたい新しい取り組みが大好きな浜松市さんですから、是非他にさきがけて、是非取組まれてはいかがでしょうか??
無駄をなくす行革はもちろん大切ですが、建築に関しては、「安物買いの銭失い」となり、結局無駄になると思いますので、そこには是非お金をかけて頂きたい。

さて、どんな資料を頂けるか、、がっかりしそうですが、待ってみる事にします。



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by Moriyasu_Hase | 2013-12-16 17:30 | 浜松のこと

利休にたずねよ

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とても良い映画でした。
私は美しいもののみに額(ぬか)づく。という言葉が全てを語っているように思います。
つまり権威には全く与しないし、美しいという山頂があるだけだから素直な心にさえなれれば深く染み入るけど権威を振りかざす者からは結局疎んじられるしかない運命だった。ので秀吉に切腹させられた。
建築をやっているからもちろん茶室についてはそれなりに勉強もしてきたけれど、利休の奥方が待庵の感想として、悪い事をして狭いところに隠れて親に見つかるのをビクビクしている感じと言うのだけれど、つまりはとても心が敏感になるような場所にしたかったという事なのか、と合点がゆきました。
でもその美しさというのも秀吉たちがそうだったように単なる高級な趣味になってしまいがちで、大切なのはなぜその「美しさ」をそこまで追求しなければならないかを理解しないといけないなあ、と考えていたら、最近気になっていた夏目漱石の草枕の冒頭が浮かびました。

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る」

住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。」

そう。だから美が必要なのだと。
そして乱世で権威が力づくでぶつかりあっている時代だったからこそ茶の世界が生まれたのかなと。
そして、建築物が美しくなければならない理由も同じだと思います。

帰りに本屋さんで草枕買って帰りましたw

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by Moriyasu_Hase | 2013-12-15 16:03 | みるーよむーかんがえる

小中一貫校の入札の件つづき。

その後、ある方からのご助言もあり、インターネットによる公文書公開請求で浜松市に問い合せたところ、公共建築課より電話がありました。
まずは特殊性の高い設計だと思われるけれど入札以外は検討していないか?については、特に特殊という範囲でもないので検討はしていない。
次に、今まで非入札の事もあったはずだが、非入札を検討する場合の基準などはないのか?について、ない、との事。じゃあ、今まで入札ではなかった物件の経緯等について資料を欲しい、と請求しましたが、担当課がバラバラなので集まるまで待って欲しいとのこと。

一昔前ならまだしも、国がある程度率先してコンペやプロポーザルを推進もしているし、各自治体でも取組み始めている時代なのに、その「基準」さえもない。もちろんコンペやプロポーザルにすると、時間もお金もかかるし、審査を誰がどのようにするのかも体制をきちんとしなければならないから、役所側から言えば手間が増えるだけだから自らやろうとは余り言わない。だから市民なり本来は建築士の団体等が言うべきだとも思うけれど、建築士たちだって入札でお世話になっちゃっているから今さら案で選ぶなんて言われても困るから言えない。結局はつまらない建築物が増え続け、次世代に不要なハコモノを増やす。

この件は今後ライフワークとして取組みますので、浜松市が変わるまで諦めませんので。

(このブログ、操作が変わって、文字のサイズやらフォントやらうまく使えない^^;)

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by Moriyasu_Hase | 2013-12-13 11:02 | 浜松のこと

特定秘密保護法案

強行採決?ですか。
うーん。って思いながらネット見てたらちょっと考えさせるネタがありました。
その中の戦前の映画監督、伊丹万作(十三の父!)が「戦争責任者の問題」の中で書いたのは、戦後にみんながみんなだまされた、と言っていたけれど、誰に騙されたかをいくら遡っても誰にも行き着かず、「つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。」また、「『だまされていた』といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。」と。

今の日本の現状、まさにその通りだなと。
別のブログで、日本人は政策などに主張をしないので、福祉等の誰にも優しいような文句の付けにくい法案はすぐ通るが今回のような文句が付け易い法案は、今までも随分廃案にされてしまってきていて、阿倍政権はそれを変えようと強行採決をしようとしているのであって、つまり必要なことがそうしないと実現できないのだからそれこそ民主的なのではないか?と。
確かに国民全体が、何が良いか悪いか、何が必要で何が不要か?を考え言わない限り、耳障りの良い政治しかできないだろうし、それは上記の、互いにだましたりだまされたりしている、という状況に近いのかもしれない。

やっぱり考え、発言してゆかないといけないな、と意を強くした次第です。


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by Moriyasu_Hase | 2013-12-05 17:42 | みるーよむーかんがえる

新建築12月

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表紙は青木淳さんがやったあいちトリエンナーレでの名古屋市美術館(黒川紀章設計)の展示。「新しい様相を発掘し仮設的リノベーションを施す」コンセプトでそういった「アップデートの運動こそ本質に建築である」とも言ってますし、ヨーロッパ等では全く違う用途転用(宮殿が庁舎とか発電所が美術館とか)が結構あるけれど日本では多分法規制(と価値観?)でそれが余りなされにくい状況は確かに変えるべきだとは思う。つまりは地震のたびに耐震基準が厳しくなったりして、つまりは一昔前の建築は既に危険で使っちゃいけないと思い込まされているのがひとつの問題でしょう。
話は少し外れるけれどヨーロッパとか、自動ドアひとつとっても美しいなあと思うんだけど、あれも日本は確かに風雨が強かったりするのでメーカーが水密基準など高くせざるを得ないからゴツく、更に値段も高くなってしまっていて、つまらない既製品が席巻してしまっているんだろうと思う。

それより、坂茂さんのクライストチャーチでの紙の教会と上の画像のは京都造形大で学生たちにつくらせたスタジオなど載ってますが、基本的に災害に関するものはボランタリー アーキテクツ ネットワーク(VAN)でボランタリーでやって来られているのですが、ずっと思ってますが坂さんほど表に出ている建築家の中で異端というか全く違う立ち位置にいらっしゃる方はいないと思いますし、そういう意味で恐らく坂茂論、というのは聞かない(将来なくなられた後でも多分)のは、やはり根っこが違うんでしょう。昔坂さんが、僕はディテールは良く分らない素人みたいなものだから、こんなもの(紙管とかであっさりとつくってしまう)つくっている、みたいな事言われてましたが、もちろん当然ディテールはしっかりとあるから美しく出来ているんだけど、既存の権威的な、大多数の建築家が信じているディテールなるものに当初から違和感を感じられていたんじゃないかと思うし、それが敷衍してもののつくり方、建築や社会との関わり方も変わった結果がVANなんじゃないかと思う。
「素人的」というのは悪い意味ではなく、「地に着いた」という意味で逆にお偉い建築家さんたちは「空」から民に与えているつもりなんだと思うし、昔よりは状況は変わってきたと言っても、若い世代は変わって来たようには見えても多分結果自己満足的であるという意味では変わっていないと思う。社会に関わって開かれた建築をやっているというのはポーズというか本当は自分がやりたいものをやるための手段でしかない、というか。

伊東さんが散々やりたいことをやって来て震災後に悔い改めたような事を言い始めたのは全く理解するべきではなく、坂さんがやって来られた事こそ理解すべきじゃないかと思います。
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by Moriyasu_Hase | 2013-12-04 11:10 | みるーよむーかんがえる

遠野物語/カムイ外伝

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今日、読んで、見て、期せずして重なる事がありました。
つまり、歴史って基本的に良く言われるようにメインストリームと結果的になったものが描いているので、サブストリームというか少数派、特に身分的に下だとされるものの視点から描かれる事はまずないんだけど、実はしっかりとした足跡を、と言っても表面的には分かりにくい、残している,というような事です
遠野物語と山の人生は、「数千年来の常民の習慣、俗信、伝説には必ずや深い人間的意味があるはずである」という出発点から始まり、日本には実はいくつかの先住民がいて、それが結果山人となり、現在では絶滅していると思われるけれど、今の私たちの血に混ざって来たり、あと少数であるけれど山の中でしばらく前まではいき続きていて、それが例えば鬼、のような存在になり、様々に言い伝えられて現在の私たちにも大きな影響をしているので、もっと記録され研究されてゆかなければならない、という本で、カムイ外伝(余り見るタイプの映画ではなかったけれど)は、いわゆる被差別の出で、強くなるしか自由は得られないから何しろ強くなって、、という話で、つまりどちらも傍流であり、今は消えかけている?

でも、それらの傍流があったからこその今の主流であって、さらに、その傍流の存在こそ、ある意味虐げられてきたからこその生々しい生きるという意味を放って来て、それが主流に影で強く影響をしているのではなかったのかな、と思いますし、だからこそ、傍流の視点を知る事で始めて理解できる、生きる意味っていうのがあるのじゃないかなと思います。
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by Moriyasu_Hase | 2013-12-01 21:43 | みるーよむーかんがえる