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アキレスと亀

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今朝、小林秀雄の「様々な意匠」という初期の作品集を読んでいたら、書評?のタイトルで「アシルと亀の子」(フランス語読みだとそうらしい)を使っていて、ふと北野武監督の映画を思い出し借りました。
足の速いアキレスも微分的に分析的に考えると足の遅い亀をいつまでも追い越せないというパラドックス?なのですが、現代アートは何だかコンセプトみたいなものを考えないと売れないというある種のパラドックス?とひっかけてつくられた映画らしい。
出てくる絵たちはみんな武ちゃんが描いたらしいのは少しやり過ぎに見え、ちょっと軽い乗りで大きなテーマを扱い過ぎに見えてしまったけど、確かにアートを志して人生を棒に振った方々も数えきれないんでしょうから考えさせられる所も多かったし、笑えました。
でもそうは言っても、監督!あなたがつくっている映画だってアートと同じパラドックス?にはまっているくらいは自覚されているとは思うけど、同じ映画を無名な監督が撮ったって見向きされない、というのは建築でも多少あるかもしれないけれど、アートや映画、作者によって金銭価値が違うもの程大きいんでしょうね。

小林秀雄の話に戻ると、20歳代書いていたものはまあ肩肘張った感じだったけれど何しろ勢いと知識量で周りを圧倒していたようで、坂口安吾曰くは「教祖」だと。
確かに難しい事を断定的に、そして権威も頭から否定する勢いで並べ立てられると誰も何も言えなくなるんだけど、でもその権威を否定している中でとても本質的な言葉も吐いていて、そこはスゴイなと思う。
例えば、人間は軍人にも小説家にも何にでもなれるけれど「彼」以外にはなれないのだ。そして「この人間存在の厳然たる真実は、あらゆる最上芸術家は身を以て製作するという単純な強力な一理由によって、彼に移入され、彼の作品の性格をこしらえている」と。
1929年の言葉ですが、まだ、そんな風に最上の芸術がつくり得た時代だったんでしょうけれど、これも死語状態なんでしょうかねえ。。
つまり、何かを企てて実現するのではなくて、自分と渾然一体となった経験やら環境やらの全てをただぶつける事というか、頭でなく心というか魂でつくるというか、僕もそんな風にありたいとは思ってはいますがなかなか難しい時代なんだと思います。
だから、観る方も、頭で観るんじゃなくて、心や魂で観る、というのも難しいけれどそうする事によって初めて最上のものがやっと見えてくるという事なんだと思います。
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by Moriyasu_Hase | 2014-01-26 21:32 | みるーよむーかんがえる

浜松の設計入札の件

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しばらく前にも書きましたが、元は中部中学校区小中一貫校の設計が(立地や施設の難しさにもかかわらず)入札で淡々と進んでいるらしい事について、浜松市に入札以外の選択をする場合の基準が無いかと聞いたところ「無い」との事でこの一貫校も特に検討をしないまま入札になったとの事で、これはイカンだろう!という事で今まで入札以外を採用した時に何故?いかに?そうなったのかを公文書公開で問い合せていました。
結果送られて来たのがこれですが、何故?いかに?という経緯について資料は一切なく、それが決まったあとの具体的な進め方としての要項だけが送られてきましたので、そんな物が欲しいのではありませんと連絡したところ、連絡があり、今後のため(例えば美術館などがポンと動き出した時に)何も基準がなく、発注方法の検討を開示する仕組みもなければ、担当の好きに決まってしまいかねない様な状況は改めて欲しいので申し伝えて検討してください、とお伝えし、前向きに検討しますとお返事してもらいました。

まあ、返事に期待はしてませんが、この送られてきたケースでも、何故そうなったのか?誰か学識経験者でも関係者でも意見を聞いたのなら文書くらいあるはずだけど何もないなんていうのは余りにズサンじゃないでしょうかねえ??

僕は入札指名願いも出さないつもりだし、あくまで一市民として今後も(ボチボチ)戦って、僕が死ぬ頃までには、次の世代の設計者が能力主義で選ばれ、つまらない建築物ができない世の中に、ちょっとでも変わればいいなと思ってます。
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by Moriyasu_Hase | 2014-01-21 11:11 | 浜松のこと

日本建築史再考/虚構の崩壊

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以前譲って頂いた建築関係の本の中にあったのを改めて読みました。
40年前。サブタイトル「虚構の崩壊」と「明治以降わが国に育って来た、近代化思想、進歩思想の視点による、日本近代建築」は虚構であり崩壊したと宣言するような結構ハードな内容を50周年記念としてやったんだからすごいな。10年後100周年記念号ではどんな風になるのか興味深いですね。

「ミスタータンゲが帝王のように浮かび上がった、あの仕掛けが今は白々しい近代化の知的遊戯だったとさえ感ぜられるほど」という表現のようにまだまだご存命だった丹下さんをこき下ろし、「前川国男、丹下健三、村野藤吾、だれがもっとも長い作家として生命を保っているか、名作を遺しているか」と村野さんを「もっと多くいるようで、実は決定的に不足している、ひとつのタイプ」であると持ち上げています。
またその丹下的なものは「官の系譜」はコンドルのような外国人建築家、教師に始まり、学問として主流派となり、官の系譜が「近代化の一筋のベルトコンベア」となった事に始まった帰結として生まれた、とするのだけど、欧米に追いつき追い越せで日本人らしさなんてものをすっかり失ってしまった事とも重なるだろう。
一方の村野さんは生涯プレゼンチスト(現在?主義者)を自任していたのですが、つまりは歴史や権威や未来にひきずられたり流されたりするのでなく、その瞬間に可能な最大の事をするべきだという
、だから本当に様々な形や素材を使ったし中には良く分らないものもできてるけど、お決まりの勝ちパターンみたいなものに頼らずその瞬間に全力を尽くすというか。

外側に対する「進歩軸」と内面に対する「充実軸」という風に分けて、余りにも「進歩軸」に偏り過ぎて来たという反省としてタンゲ的なものがやり玉に上がっていますが、丹下さんを否定する訳ではなく、その二つの軸をもっとバランスよくすべきだった、という反省だったのですが、さてその後40年過ぎ、今もまた違った「進歩軸」つまり目新しい表現や目新しい構造にばかり眼が向き、充実感が感じられないのは私だけでしょうか??歴史は繰り返すものですよね。
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by Moriyasu_Hase | 2014-01-13 16:02 | けんちくーよむ

建築ジャーナル/新国立競技場について

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地味ですが真面目な専門誌です。新国立競技場案については珍しく建築界も波立ってまして投稿を募集していたので送ったら載ってました。
ゼロから見直せやら、改修すれば良いやら、コンペ案通りにやるべきだ、やら色んな意見がありそれぞれもちろん一理ありますが、問題の根本は?という事について。
都知事選、誰になるかによって大きく方針は変わるでしょうけれど舛添さんなら既定路線でつまらないので、田母神さんか細川さんが立つとすごいなあ。やっぱり東京は中心だから田母神さんは選ばれにくいだろうから、是非細川さんに!!と期待します。

以下原文です。
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槇さんが言われた事はもっともな事だと思いますし、それもあってか規模の見直しが表明されたのは良かったにせよ、一番の問題は、このような国家的なプロジェクトでさえも国民の声や、本来それを代弁すべきであるはずの建築設計者たちの声を全く無視したまま進行してしまう、という事であり、それを解決すれば、槇さんが指摘された事たちは必然的に解消されるはずですから、まずはその一番の問題点について徹底的に追及しなければ今後も同じような事が繰り返されるだけのように思われますし、経済力が落ちる今後の日本にとっては致命的な事にもなりかねません。
多大な資金をつぎ込み、維持管理にも多大な費用がかかり、日々多くの人々が使用し、嫌でも目にするような巨大な建築物であるのに、であるからと言うべきかもしれないですが、当事者として本当にどの程度のどんなものが欲しいのか?を誰1人判断せずに、縦割りにされ、身勝手に判断され部分が寄せ集められて出来てしまう建物が健全であろうはずはないけれども、設計者であっても基本的なプログラムが出来てからしか関われないように、誰1人として「当事者」とは言えない状況でつくられているのではないでしょうか?それは政治においても同様のようですが、西欧では自ら勝ち取った権利としての公共であるとか議会というものが、日本には単に形式として輸入されたために、喩えれば、乗りこなすべきの自動車にひきずられているような状況に見えます。
建築の世界で気になるのは、国内需要が減りアジアなどの急激な発展の中で、もう国内は良いから海外へ、とか改修の時代だ、とか言われますが、新築で建ってゆくものでも、まだまだ建築設計者が健全に関わり切れていないものが大多数ですし、国や地方自治体に働きかけて、設計業務の前後で本来設計者が関わった方が良いような仕事はまだまだあるはずなですから、そこを放っておいて海外だ、改修だ、というのは単なる逃亡に思えますし、そんな事をしているから今回のような問題がなに一つ解決しないのでしょう。

問題は余りに大きく根深いため、本来は設計者の団体が団結して取組むべきですが、残念ながら現実的ではないようなので、まずはそれぞれの設計者が、槇さんがやられたように、当然自分の仕事やそうでなくとも「本当にこれで良いのか?」と常に問い続ける事から始めるしかないと思います。そしてお互いの仕事に口出しをできないような仲良し団体の既存組織こそ根本的に意識を変えなければ、やはりいつまでも政治からは相手にされないままでしょうし、一般の人たちには分かりにくい世界でもあるからこそプロの設計者同士が遠慮なく批評をし合い、それに耐える仕事をする努力をするべきだ、という厳しいようで本来当たり前の事をして来なかった事が招いた結果ではないでしょうか。
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by Moriyasu_Hase | 2014-01-08 09:13 | けんちくーかんがえる

新建築1月

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4ワールドトレードセンター。槇さんすごいな。というか元のも日系のミノルヤマサキなんだから、日本人すごいな!と言ってもいいかも。
最近、さすがに槇さんもご高齢なので作品も間延びかけてたなあと思ってましたが、さすがにこのプロジェクトは力も入ったんでしょうね。
911は2001年ですからもう随分経つのだけど、元のツインタワーのあったところはメモリアルパークとなりそれを囲むように幾人かの建築家が設計をしてますが、「落着いた、簡素で気品のあるもの」を目指して「ミニマリズムの彫刻のようなシルエットを持った形態」とするためにカーテンウォールのディテールと下層から上層への外形の変化に注力したようですが、良く出来ていると思います。
槇さんはアメリカも長くこの辺りにも良く来られていたそうで、積み重なった記憶というものがこの形を紡がせたのでしょうし、記憶というのは建築家にとってとても大事なものだとも述べています。ただ、高層ビルが立ち並ぶニューヨークで、有名なビルは多かれど、印象に残っているのは公園などのオープンスペースだと言い、ここでもこのメモリアルパークが主役だと言っています。
さて、日本でそんな良いオープンスペースがどこにあるでしょう。。槇さんは皇居は挙げていますが、近代以降意図的につくられたものとして日本であるだろうか?まあ大小試みはされていても、建物が図だという意識が強すぎるのか、、都市におけるビルの設計の作法、という意味では槇さんほどの経験と能力のある方は少ないのかもしれません。むしろ、自然の中でつくる作法は日本人は得意なんでしょう。

またある作家の言葉を引いて、大都市というのは余りに他人ばかりと出会う場所だから自らのアイデンティティや自己の領域の確保に意識的にならざるを得ない、そして現代都市で重要なのは建設についての技術やユートピア的な事ではなく、「自己と都市」との関係をもっと創造的に評価と分析をすべきだ、と。確かに経済など定量化できる形で捉えられ過ぎてますが、現象として我々にどんな心象風景を与えているのか、などをきちんと考えることが先ずすべき事なのだと思います。

最後に、あるシンポジウムで、槇さんが、今は既になんでもありの時代で依って立つべき建築理論も失われたけれど、「共感」というものはまだ残っていると話されたそうだけど、僕もそう思います。共感だけが頼りなのかもしれない。でも皆さん刺激的なものをどんどん設計するけれど、お互い、いや自らでさえも共感しながら設計をされているのだろうか??と感じます。

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by Moriyasu_Hase | 2014-01-07 16:55 | けんちくーよむ

菊と刀/日本文化の型

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是非読んで欲しい本です。1946年に著者ルース・ベネディクト(それも女性!と今言ったら良く無いけれど当時で女性がここまでという日米の違いの大きさ)が一度も日本に来ずして、結局生涯来なかったそうですが、とても精緻に日本を見つめ、分析していますが、彼女の生まれや一時教師をして様々な国の子供たちに接したり欧州各国で暮らしたり、という素養もあったんでしょうね。とても特殊で理解しがたい(当時の)日本人について今読んでも色あせないくらいに記しています。

元々本書は、戦後日本の統治をいかに進めるかの参考書としてつくられたらしいけど、このような研究があったから日本にとっても、米国にとってもスムーズにより良い結果になったようです。
世界標準からみた日本人のものの考え方の特殊性は色々に言われてますし、本書にも詳しいですので読んで頂くなりして、大きく言うと、日本人は生まれたとたんに「恩」という大きな仮りを自動的に背負うという事、そして育つ中で「義理」というものを返すしかない生き方を強いられ、冷静に見れば些細な事が「恥」となり自らの命を断つ程になるように生きるのが疑いもない生き方となる。
つまり合理的思考の欧米から見たら、全く持って筋の通らぬ事を物差しとして生きているのが日本人だったのだけど、何故そうなったのか?これは僕の考えですが、西欧と違ってほとんど他民族、他文化と交流したり責められたりしない(多少はもちろんあっても転倒させられるような事はなかった)島国的な環境では「合理的」である事はむしろその合理によって権力の転覆を図られるために、むしろ合理とは逆のあるルールをつくる事で上下関係の安定を図る方が容易だったから、「恩」「義理」「恥」という簡単なルールが育ち、結果、天皇(時代で色々あっても)が残り続け、父権が安定し続けたのじゃないかな、と思います。
つまり「One for All」。働きアリなど動物たちと一緒で「個」の判断や自由は最初から問題とされていなくて、全体がより確実に残ればそれで良いというのは、多分原始的には人間も皆そうだったんじゃないかと思いますし、個人や自由の今の世界がそれより一義的に優れているとは言えないんじゃないかと思います。

ちょっと面白かったのは「日本の生活曲線はアメリカの曲線のちょうど逆になっている。それは大きな底の浅いU字型曲線であって、赤ん坊と老人とに最大の自由と我が儘が許されている」という所で自由と権利の国であれば、壮年期に一番それが享受されるべきだろうけれど、逆に壮年期の自由を奪う仕組みをつくる事で、世の中が安泰であるようにしていて、実際日本で革命なんて起きなかったのはそんな下地があるのかもしれませんね。

タイトルについて、、菊とは、知りませんでしたが、針金の型で美しさを強制されていたという、刀は放って置けば「身から出た錆」もちろん凶器であるという意味でも徹底した「自己責任」の現れだという意味のようですが、自分が日本人だとピンと来ないものですねw

最後に、戦後すぐに進駐軍にニコニコ手を振ったような、外国からは到底理解し得なかった変貌について、余りはっきり書いてあった訳じゃないですが、恐らく「義理」や「恩」の対象というのは越えがたい大きな力でさえあれば良く、それまでの対象だった天皇が負けを認めた事で、あっさりアメリカに乗り換えたというだけなんでしょうね。。「日本辺境論」のようにそれまでは中国に無批判に追従していたのと同じ意味で、つまり自分で何も考えたくはないという国民なのかもしれません。

しかし、薄く無い本ですがとても興味深く、また色々考えさえてくれる本でした。

追記/昨日木下恵介監督「永遠の人」を観たのだけど、1937年という設定で、好きな人がいたのに無理矢理ある父子に嫁にさせられた恨みを生涯持ち続け、という不幸な内容だけど、これも有無を言わさぬ「力」が為さしめたんだろうけど、その夫の自堕落さが描かれてました。
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by Moriyasu_Hase | 2014-01-05 16:58 | みるーよむーかんがえる

新しい国へ/安倍晋三

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ちゃんと知りもせず文句ばかり言っていてはいけないなあと読んでみましたが、第一次内閣のころの「美しい国へ」に増補してこの本になっているのだけど、「美しい」「新しい」という言葉の重さはまず何も感じませんで、そこはがっかりかな。
まず靖国の件。僕も勉強不足でしたがその他事実がどうであれ東京裁判で戦犯と認めてしまったのだから合祀された所へ私人としてとは言え総理大臣がゆくのは東京裁判を否定するから良く無いんじゃないかと思ってましたが(国際法上も本来は無効なはずの)判決で裁かれた戦犯たちはまがりなりにも刑をまっとうしたのだし、A級戦犯だった重光葵はその後外務大臣で国連にもゆき、勲も受けたのに糾弾されなかったり、昭和26年には国内法で戦犯たちをいかなる意味でも犯罪者として扱わない、と決めたりしても何も言われて来なかったようだから、確かに今さら参拝にケチを付けるのはおかしな事だとも思うけれど、何故政治家たちもメディアももう少しそれをきちんと説明しないのだろう??
というか、安部さんもそれをきちんと言わずして行くからいけないんじゃないのかなあ。

あと、国家のありかたについて「やみくもに小さな政府を求めるのは、結果的に国をあやうくすると思っている。国民一人ひとりにたいして温かなまなざしを失った国には、人は国民としての責任を感じようとしないからだ。」とあるけど短絡的で都合の良い言い方だよなと。つまり貧乏な家庭の子供は家族に愛情を感じないと短絡的に決めている事と本質的に違うのかなあ?

年金を正当化(まあ立場上仕方ないけど)して、平均年齢まで生きれば払った以上に貰えるから得だ!というのだけど、金利の事も、厚生年金で企業側が半分出す事も、税金から半分出す事も考えずに計算して得だ、なんて言われて納得する程読者はバカだと思っているのかなあ?

教育について、子供たちが国に余り誇りを持たず、勉強ができるよりみんなから好かれたい、というアンケート結果(諸外国と比較して)に対して、サッチャーのような強い教育改革を!というのは半分そうだなというのと、でも僕は、それは親が良い後ろ姿を見せられていないんだから教育に頼ってもダメじゃない?というのが持論で、親世代がもっと魅力的に自らの人生を楽しんでいる姿を見せれば必然的に変わると信じてます。

「巷には少子高齢化を迎える日本においてはデフレは避けられないという議論もありますがこれは誤りです。実際に多くの国は、人口が減少していてもデフレには陥っていません。なぜなら政府と中央銀行が協調した金融政策によってデフレを脱却しているからです。」
なるほど!と思いますか??
まず「少子高齢化」と「人口が減少していても」は違うでしょ?少子高齢化では働ける層、つまり購買力がある層が減ってゆくから需要が減り物価が下がるのはある種必然で、人口は減ってもは働ける層が増えていればそうはならない(デフレの正体の受け売りw)
そして「なぜなら」も何にも解説になっていない。つまりこの文章は原因も整理できず解決できる理由も伝えていない、意味のない文ですよね。

「私は長期的には、東京一極集中を解消して道州制を導入すべきだろうと考えています。」また彼の地元の山陰には新幹線も高速道路もないから企業を誘致しようにもできない、と書いてあります。
そうか、それで国土強靭化とか言ってさらに地方にお金をばらまこうとしているのか!なんて思いつつ一方では東京にはオリンピックが来るし規制緩和と言えばやっぱり首都圏だし、どう考えても今後の流れは東京の一人勝ちだし、一方で地方に行けば行く程悲惨な状況が待っているのは冷静に考えれば分かるはずです。地方で使われなくなって更に足をひっぱるインフラなんてこれ以上やめて全く違ったありかたで中央と地方の共存を目指すべきだ、というのはまた藻谷さんの里山資本主義の受け売りですねw

まあでも、生まれ育ちはズルいなと思うけどさすがにサラブレッドなんだろうなと変な関心はしましたし、強いリーダーシップ。には期待はしましょう。
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by Moriyasu_Hase | 2014-01-03 11:17 | みるーよむーかんがえる

学問のすゝめ

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お恥ずかしながらこの歳になって初めてきちんと読みました。1870年すぎに福沢諭吉40歳前後に書かれたものです。
福沢はその前ごろに遣欧使節に同行したりしてシナやインドの人々が恥ずところなく英国人に服従しているのを見て開国後の日本人の気力の低さに嘆き、諦めかけていたようですが、1867年に大政奉還があり明治維新が進行してゆくさなかで、思ったより良い方向に勢いよく進んで行くのを見て,ある種国民を煽るつもりで少し調子に乗って書いたもののようです。

有名な始まり「天は人の上に、、」は読み進めれば分かるのだけど、要するには元来みんな平等なんだけど、貧富、貴賎が結果的に生まれてしまうのは努力をしなかったからであって、学問をきちんとすれば皆平等に強くなれるのだから、もっと学問をしなきゃダメだし、きちんとやって行けば欧米の強国にへつらう必要なんかないのだ。そしてその学問というのは国や国民を強くしてくれるという意味での合理的な西欧のもので、国民は権利を行使した上で国や法にきちんと従うべきであり、忠臣蔵の話なんていうのは法もクソもない報復合戦だから美化してはダメだ、なんて論調で解説にも、物議を醸さないようなものは書いても意味がないと思っていたようで、本当にそう思うなあ。

象徴的なのが「信の世界に偽詐多く、疑の世界に真理多し」かな。
つまり儒教や封建制なんて理屈は立たぬが信じなさいという世界は我々を不自由にしかしないけれど、地動説や宗教改革や独立運動など、真理に導くものは疑いから始まるということで、その物差しで様々な事象を論じるのだけど、結局、学問とは役に立たなければ学問ではない、つまり形式的な学者的なものには百害あって一利無しというのは、全くその通りだけど、まあ儒教や封建制に全く意味がないようにまで放言しているのは、やはりまだボーッとしている国民を覚醒させ煽るための方便でもあったんだろうなとは思います。

そんな意味では現代もボーッとしてません??だからこれ読んでみると良いなと思いました。
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by Moriyasu_Hase | 2014-01-02 16:04 | みるーよむーかんがえる

茶と美/柳宗悦

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柳宗理の父で民藝運動の父。今の僕にはとても興味深く染み入ってきました。
象徴的にはこの表紙の喜左衛門井戸(国宝)と楽茶碗の本質の違い、という話に集約されます。
前者は高麗で単に日常品の飯茶碗としてつくられていたものを初期の茶人が見いだし、というかこれらの「大名物」の井戸茶碗に初期の茶人が啓発されて茶道が起こり、その茶碗を越えようとつくられたのが楽茶碗である。そして茶道の美意識の物差しは「渋い」かどうかであるけれど、前者は無から見いだされた渋さであるけれど、後者はその渋さを目指して「作為的」につくられたものなので全く価値が劣るものだという事です。
柳が始めて喜左衛門井戸を見る事ができた時「いい茶碗だーーだが何という平凡極まるものだ」と感じ「凡々たる雑器であったからこそ、光り輝いたのだ」「これを見過ごす者は、美を見過ごすであろう」と。そしてそれを見事に見いだしたのが初期の茶人であり、利休も含め以降の茶人、そして今の家元たちなどには全くその能力もなく、本来その美を見出すところが茶であるべきなのにどうしようもない状況だ,というような事までバッサリと書いています。また、秀吉など権力者を相手にして始まったから茶が「不純」なものになってしまったし、平民相手の「貧の茶」だったなら、とも言っていますが、僕も茶道にはもちろん興味はありますが、あの権威的な形式的なところが、どうも本質に迫れる気がしないのでその世界に入ろうとは思いません。

そのほか、茶の美が何を目指したのかについて。
「寂」「仏法の言葉であって、本来はあらゆる執着を取り去る様」
「無事は是れ貴人、ただ造作する事なかれ(臨済録)」「無事の美」こそが茶美の至極。
「禅旨は『平常心』にあったのではないか。なぜもっと淡々とつくり得ないのであるか。渋さを狙えば派手に沈む。」

しかしその見る眼というのはどうしたら得られるのか?
「じかに見ることに一番近いものは信じる心である。信じるとは素直に受け取る心である。疑いを先に働かせないことである。疑いは知であり判断である。」と。本来禅と茶は同じところにあるようです。
そして工芸的な美しさが重要でないか、つまり織物や、ビザンチンの美しさもその「模様」によるものでそれは何も美を直接目指したものでなく工芸的な追求をした結果たち現れたものではないか?つまり作家の恣意性などというものからは自由だから喜左衛門井戸が生まれたのと同じ背景をもつ、望ましつくられ方ではないか。ということで各地の素朴な民芸品にスポットをあてた運動につながってゆきます。
ただ、茶道と同じく,初期は良かったんでしょうけれど民藝も結局、形式に堕してしまってますよね。だいたいその辺の「民芸風」なんでどうしようもない。

つまり何でもそうだけど、初期の意図というか感性を常に失わない努力をしない限りすぐ形式化して堕してしまうってことですから本当に気をつけないといけないし、かといってそれを疑って見たとたん「じかに」見ることはできないので、ただ無の心でもって向き合った時に驚きを与えてくれるようなものを見つけないといけないんだろうけれど、流通している商品は無理でしょうけれど、良質なものは余りないけれど日本の古建築などにはまだ残っているだろうから、たまには心をきれいにするためにも行かないといけないですね。

あ。本年もよろしくお願いいたします。
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by Moriyasu_Hase | 2014-01-01 12:24 | みるーよむーかんがえる