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竣工写真

昨日雨の中オープンハウスと撮影をして、本日引渡して来ましたが、正面の舗装工事が、排水マスの配置の確認不足と、職人が全然空いていないこともあり間にあいませんでしたが、お施主さんにはとても喜んで頂けてホッとはしていますが、外観写真は撮れず、しばらく先に改めてアップします。
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玄関と階段ホールを一緒にして中庭に面させているので、広々としていますが、無駄に広いわけでなはないのでプランとしてはうまくいったかなと思います。
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周りが建て込んだ住宅地なので、今日も施主さんから、最初の敷地の状態からこんなに良いものが出来るとは思わなかったと言っていただきましたが、やはり2階リビングの中庭型にして良かったようです。
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それほど広くない中庭とデッキが少しでも気持ち良くできるように木製窓でL型につなげることでコーナーがすっきりしています。
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夕方はこんな感じです。周りの家は適度に隠れながら、視線が抜けて空がチラチラ見えます。
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外観がないので分かりにくいですが道路に面したバルコニーなので目立ちにくいように、また北側の大きな外観のアクセントにもなるように、と彫り込んだバルコニーとして、そこにお風呂も面していますので、ちょっとした坪庭的な感じにもなっています。

浜松はやっぱり土地が広めなのでその中では今回は結構住宅が接近して囲まれていましたが(東京とかの比ではないでしょうが)、住宅のプランというのは、その置かれた環境の中で固く鈍感な部分と、柔らかく敏感な部分をどうつくるか?というか、人を招く時には手のひら(柔らかい側)で招く感じで、追い払う時には手の甲(固い側)でシッシとやるみたいな、だから周りが招きたい人だらけなら大きく手を広げてハグしてもいいけど、周りが嫌な相手だらけなら手を握ってグーにするしかないけど、やっぱりそれでは息がつまるから、少しでも手のひらを広げられる方を見つけてちょっとでも開いておきたいな、というのが中庭型なのだと思います(って長い割に分かりにくいかw)

しばらく先になりますが、全て出来たら外観を撮ってきます。
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by Moriyasu_Hase | 2014-03-31 16:53 | けんちくーしごと

The Fall/落下の王国

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以前観ていたのですが、今回の方が心にぐっと残りました。
半身不随となったスタントマン、ロイが、たまたま病院で親しくなった少女に語る物語を、世界中の美しい世界遺産を背景にとても美しい映像で、とても想像力をかきたてるような、とても良い映画です。
全ての分野でそうだと思いますが、受け狙いで作為的につくってゆくと、確かに分かり易くて受けは良いかもしれないですが、何か大切なものがそこに残るか?といえばNoですよね。そう言う意味でこの映画は「夢」の世界というか、背景や映像の美しさやストーリーも含め、「現実」から上手に離れた所でつくられているので、作為性、とかそんな小賢しい世界を超越できているように思いました。

まあ、素直に素晴らしいし、少女が何とも愛らしいです。
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by Moriyasu_Hase | 2014-03-28 09:07 | みるーよむーかんがえる

竣工写真ー夜

夕景です。
随分日が長くなったので、早く暗くなってくれ〜という感じです。
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南面だと通常窓の割合がもっと高いのですが何しろ南面が大きく壁が多い部分左右の間を大きな窓が分節している感じが良くわかると思います。まあでも住宅っぽくはないというか、不思議な見え方です。
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直線的要素や木材の素材感が、昼は日光によってとても強く出てしまいますが、この時間になると外界とちょっとずつ溶けてゆくような、それが好きでいつもこの暗さを狙って撮ってしまいます。が、実際はあっという間に真っ暗になります。
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新築時は床の杉材などもまだ白く、少しまだ落ち着きが足りない(数年もすれば落着く)のでこのくらい暗い方がしっとりとして良い感じです。いつもの椅子達はうちのものです。
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以上ですが、今回は特に、敷地条件によってある程度必然的にこうなった、という特殊性のある形になりましたが、一方では次の僕の課題としては、特殊性のある環境において、いかに普遍的というか、つまり敷地の制約を感じさせないものをいかにつくるか、という事を考えてゆきたいと改めて感じているのですが、もちろん物理的に敷地からはみ出す訳にもいきませんので限界はあるけれど、敷地境界なんて人間が勝手に引いた線だから、その勝手に引かれた敷地境界線を感じさせないようなものが(理想的には)つくりたいな。という高い目標です。

日曜日は、次のオープンハウスと撮影です。色んな面で与条件が違うので仕様は同じでも随分違ったものにはなっていると思います。
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by Moriyasu_Hase | 2014-03-25 09:19 | けんちくーしごと

竣工写真ー昼

無事竣工しまして、オープンハウスも無事良い天気の中終わりました。
また昨日は、施主さんの職場の同僚の方の設計もさせて頂いた事などもあり、同僚の方などがお子様連れで結構沢山来られて、一時期保育園状態?でドキドキもしましたが楽しかったです。
最近、お仕事などでのつながりで仕事をさせて頂く事が増えてきまして、それも満足頂いてなければ無いかとは思いますので、ありがたく思います。まずは昼の写真から。
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東西に長い敷地で、南は売土地なので、もし2階建て程度が建ってもよいようにできるだけ庭の奥行を確保しようとした結果東西に長いプランとなり、一部2階部分と一番右の土間の低くても良い部分を片流れの1枚の屋根で覆いまして、20mもあります。板金職さんが現場で成形できたので可能でした。普通できません。
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窓やデッキや塀など、最近の仕様です代りばえしませんが、試行錯誤でたどり着いたのでなかなか代わるやり方もなく、、でも少しずつ新しいやり方も増やしてゆきます。
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北に4mの擁壁がありますが、塀をやらなくても落着いた環境になりますので、窓を設けて活かしていますが、真っ平らな敷地より、高低差のある所は何かと活かせる長所もあるものですね。まあ擁壁の件では役所とも一悶着ありましたし、手間はかかりますけれど。
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南の敷地に建っても陽が入り、空くらいは見えるようにと珍しく吹抜けた上のも大きな窓を設けていますので、何となくいつもよりも華やかな印象を与えると思います。が、普通の敷地ならやりませんので、こうしてください!と言われてもやらないように納得していただきますw

夕景は改めて。
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by Moriyasu_Hase | 2014-03-24 15:30 | けんちくーしごと

南方熊楠/森の思想/南方マンダラ

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怪しげで近寄った事なかったのですが、なんだか思考回路が少し似ている気がして全五巻のうち2冊ですが、引かれて読んでみました。古書だと安いですし。
基本的には彼は自説を出版して問う、というタイプでは全くなかったらしく、若い頃洋学中であった僧侶と意気投合?して自分の考えている事を理解してくれそうだと多くの書簡を送りそれが見つかったのが「南方マンダラ」の方。学業も出来、裕福な家系だったそうだけど植物に深い興味を持ち、学校も退学して洋学したり帰国後も森に籠って特に「粘菌」の研究をした、というのが「森の思想」、どちらも中沢新一さんが「解題」ということで上手に熊楠を語ってくれています。
「粘菌」というのは(最新の学説は知りませんが)とても不思議な、つまり菌だから植物に分類されるべきところが、挙動が動物としか言えず熊楠も「原生動物」と呼ぶべきだと主張したらしいけど、進化論上どこにも位置づけられないようで、その不思議さが熊楠を惹き付けたらしい。マイナーな注目に値する者じゃないように見えるけど、一方の動物や植物というのは、「客観的」「科学的」に分類され過ぎてしまっていて、生命の生な,流動しているような側面を切り落とされてしまっているから、粘菌と向き合う事がそれを取り戻させてくれるように感じたのだろうか?確かにすごく興味深い生態のようです(僕も嫌いじゃないw)言い換えると、分類する事によって全て分かったと思ってしまうものというか科学というのは分からない所は見えない事にしてしまうので、だから生命の本性が分からなく、というか分かる気持ちを失わせてしまっている、という事です。

そんな風に森に籠っていたけど、明治時代になって、神社は1町村に1つにまとめよ、という神社合祀令が出て、結果一番減った和歌山や三重では1/5とかに減ってしまったようだが、その流れに熊楠は猛反対をして結果それも聞いたのか令は取り下げられたようだけど、つまりは神社にはその場所を守り、住民の心の拠り所でもありというようにとても大切な存在だという事を主張して、その中に西行の「何事のおわしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼるる」を引用してますが、その心というのがそんな時代を経て私たちの心から失われてしまったのだと思いますけど、その心はどこから来たかというと、やはり「森」から来ているんだと思います。

そんな彼は仏教の曼荼羅こそがこの世の全てをとらえられる?ものだと考えたようですが彼なりに考え抜いて彼のマンダラというのを描いています。これです
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説明は、、できませんwが、つまりはこの中に、イロハニ、、と書き込まれていますが他の要素?との接し方の様々なものがあるという事を示しているようで、それが常に運動体としてあって、「因果」というような一対一の関係ではなく「今日の科学、因果が分かるが(もしくは分かるべき見込みあるが)『縁』が分からぬ。この縁を研究するのがわれわれの任なり。しかして、縁は因果と因果の錯綜して生じるものなれば、諸因果総体の一層上の因果を求むる」そうで、「縁に至りては一瞬に無数にあう。それが『心』のとめよう、体のふれようで『事』を起こし」というのが「縁起」であって、それまでの事に変化を与えるものである、つまり「心界」と「物界」が出会って「事」生じるのだ。
当たり前のようだけど、実は僕らはその事を結構忘れ(させられて)しまっているのではないか?つまり建築で言えば、こういうものが「欲しい」という心と材料たちが出会って生まれてきたはずなんだけど、今では例えばあなたが家をつくるとき、公共施設が立つ時に「心」で欲していますか?そろそろ頭金もたまったとか、子供が育って来たとか、そんな理由やら、書類上の計算でつくられてしまっていますよね??だからろくなものができないんじゃないかと改めて思わされましたし、僕にとっては結構大切な再認識ですのでまた改めて追求します。

話はそれましたが、もう一つ、熊楠は「世界」や「現象」など全ての事を「不思議」と言い直そうとしたそうですが、不思議とは「不可思議」思うも、議するも不可なり、という意味ですよね。一方の西洋の考えは対局で全ては思う事、議する事ができる、というものだったと言えると思いますし、熊楠も結構長く洋学している中でその西洋と東洋の違いを身にしみて感じ、まただからこそ東洋的な考え方やマンダラというものに大きな可能性を感じたのだと思います。
もちろん西洋も随分(東洋や原始的な)ものに触発されて変わってきて、近付いてきているとは思いますが、熊楠の言うような「心」の深さは西洋人には(いや現代のぼくたちにも)分からないのかもしれませんが、でもとてもとても大切だと思うので、たまには森に入り、追求してみたいと思いますし、そうすれば世の中が「エコ」というものがいかに軽薄なものかがより分かるように思います。
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by Moriyasu_Hase | 2014-03-16 18:05 | みるーよむーかんがえる

浜松城公園の未来を語る/フォーラム

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昨晩、標記タイトルのフォーラムに行って来ました(正面看板白く飛んでしまってますね)
例の2000万程?が無駄になった「セントラルパーク構想」のあとに施設部分はややこしいからと切り離して「浜松城公園長期整備構想」としてやっているのですが、今年度はこれ1回きりしかやってないんじゃないかな?それにこのフォーラムも広報はままつにも載らなかったはずだし、市のHPにあったのを知人に教えて頂いたから知ったくらいで、250名入る会場がどうなるんだろ?と思っていましたが、この手の歴史ものはお好きな方も多いようで、あと市職員も随分お見かけしましたので動員されたんでしょうw。いやいや「市民フォーラム」なんて言いながらこんな偏ったやり方して、それでも実績としてやりました、と言うんだろうし、これだって会場、講師など100万やそこらの費用はかかっているんだろうから、いい加減にしろ、と正直思います。

でも、講演された小和田哲男さんのお話「浜松城と出世のまち」は面白く、家康は三方原の合戦で大敗したからこそ、また滅びた武田氏から(普通しなかったらしいが)武士を大勢迎えたり、秀吉に片腕の家老を引き抜かれたのを機に戦法?を武田式に変えたりと、浜松城時代にあった事がその後の天下人の基礎になったという意味でも浜松城は出世城として大切にすべきだ、なんてお話でした。
その後のパネルディスカッションは、まあそれぞれの方が上手に発言はされてましたが、やっぱり結果「総花」的になりますよね。それぞれの立場でそれぞれに語るんだから当然だけど。でも構想は総花的に進める程お金も時間も書けられない訳だから、何を重視するの???という意味ではこのフォーラムは「歴史」に重きを置いていたし、最後に担当部長が、歴史はやっぱり重要だと再認識した、みたいな事を言ったけれど、単純に歴史重視で進めるなんてバカな真似はしないで頂きたい。
例えば、最近大手門ができましたが、あれはある程度ああいう格好だったというのは想定されるらしいけど、今後「富士見櫓」も整備したいようですが、あった場所が分かった、以外には聞く範囲では分かってないようだし、あとは想像上の世界になるんだけど、また億、なんてお金を想像上のものにかけていいのかどうかは、慎重に考えて頂きたいものだと思う。
そういえば、大手門、入るのに200円?かな取る方向で市議会にかけているらしい。そんな事聞いてなかったよねえ?それって小さい事のようだけど、家賃を想定せずにマンション建てる事はないように、本来取ることが必要かどうか?取るならいくらか?それが将来どうなるのか?は先に考えるべき事じゃないのかなあ??
まあ市民感情から言えば、行政の皆さんは本当にお気楽よねえ〜と思います。(もちろん私たち以上に真剣に頑張っている職員もいらっしゃるのは分かってますよ)

さて、はまホールも閉鎖をすると決まったようですがその後、美術館も含め、どうするかは表面上聞かないように思いますが、必要なものは必要ですから、セントラルパーク構想で反対されたからと口にするのも躊躇っているような状況はよりマズいと思います。昨日発言の機会でもあれば言いたかったのは、今、東京五輪の関係で新国立競技場の問題で揺れていますが、問題は、コンペでザハが取った経緯やコンペの前提条件などが余りに密室的だったというプロセス。また財政的にあの規模が今後の日本にとって適切かということ、最後に歴史のある景観としてあの場所にそぐわないのではないか?という3点あると思いますが、その点はセントラルパーク構想でも全く同じ構造だったんだと思いますし、今後進めるのであれば、新国立競技場で何が問題とされていて、(今後改善やもしかして撤回も??)どのようになってゆくかを注視していきながら、是非同じ轍を踏まないようにして頂きたいと思います。

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by Moriyasu_Hase | 2014-03-14 10:22 | 浜松のこと

こちらも足場とれました

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こちらも足場が取れまして、3/30にオープンハウスを行いますのでご希望あればメールください。
昔からの住宅地で浜松にしては四方に住宅が迫っているのもあり、2階を主階とした中庭型のプランで、ガレージも建物の左下に組み込んだので外形がかなり大きく、前面道路も広くはないので、その(北面)の外壁をどうデザインすべきかは結構悩ましいところでした。でもそれも大切ですが、中庭型の場合はその中庭をいかに気持の良いものにするかがより大切な所なので、それは仕上りをまたご覧下さい。

それにしても職人さんたちは今大忙しで4月になれば落着くかと思いいきや、結局3月までに完成させる予定がしきれずにズルズルやっている現場も多いらしく(増税にかかってしまうのは工事側が補填するからと了解もらっているんでしょう、変な話です)、年度が替わっても仕事はそれなりにあるようで、昨今の職人不足もあって今とっている見積りも単価が全体的に上がってしまっていて辛いなあ、、と。でも職人たちにも健全な稼ぎをしてもらう事も今後のためにも大切ですので、手間を少しでも省きつつ質を落とさないようなやり方を、考えてゆかないとなあと思っています。

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by Moriyasu_Hase | 2014-03-12 09:17 | イベント

一年点検で

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そう言えば、先日一年点検で、洗面につけた可動物干がすごく良かったと言われました。
鏡収納の上が軸になっていて、クルっと鏡収納の上に乗ってしまう、という単純なものですが。
世の中には既製品が溢れ、デザインも良くなって来ていて、使ってしまう事もありますが、やっぱり頭を悩ませてつくったものは色んな面でしっくりと来ますね。
こういうのはまた使うようにしないといけないしうっかりしているとつい既製品を選んでしまうので、防備録的なアップでした。
そうそう施主の皆さん、遠慮なく「こんなのできない?」とふっかけてみて下さい。きっと期待以上のご提案をします(いや頑張ります)。

何にしても、楽しそうに暮らして頂いていると、こちらも幸せになります。

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by Moriyasu_Hase | 2014-03-11 11:05 | けんちくーしごと

建築の七つの力

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先日亡くなられた建築史家の鈴木博之さん。この機会にと大学の時読んで以来読んでみました。が、、学生にはやっぱり固い内容なんでしょう、、内容ほとんど覚えてませんでした。。
もちろん、ラスキンの建築の七燈にひっかけてあるのですが、基本的には日本においても、西洋建築史というのが主流なのであって、西洋の建築をいかに日本に取り込むか明治頃から躍起になってきた結果、日本にあった素晴らしい建築文化は傍流となってしまっていますので、どうも実感?体感?として日本人にはすーっと入って来にくい所もあるからか、学生時代の建築史の授業というのは退屈なものでしたが、自分でつくるようになって色々考え始めてから考えると結局日本の建築の状況をつくってきた背後の大きな力なのだから、まず知るだけは知らなければならないものだと思うから読んでいます。

ウィトルウィウスが、建築には「意味が与えられるもの」(製作)と「意味を与えるもの」(理論)があると書いたそうですが、また西洋建築の様式というのは、長い時間の中で人間が持つ「連想」の力が定着したものだというように書かれていて、それは「意味」の一部だとは思うのですが、日本の建築というか日本人において、果たして「意味」という概念で建築がつくられて来たかというと、なかったように思いますが(私見ですよ)、つまり西洋建築って根っこの所が日本人には馴染まない(なかった)んじゃないかと思います。
また「近代建築を成立させる精神は『自己の意識によって世界を把握し、そのようにして把握された世界に意味を認める』精神だと考える」とあり、やっぱりそれも日本人の精神構造とは根本的に違ったものだったと言えると思います。が、それを問わずに自分の一部としてしまうのが、良く言われる日本人の短所?長所?なんですよね。

それほど厚く無い本ですが、軽々しくまとめるような事は描けませんが、東京駅の保存にも中心的役割を果たされたりと、建築の保存に関して頑張って来られた事は本当に価値があると思いますが、本書の結びで
「建築のなかに過去を埋蔵せよといいたい。それは、建築のなかに時間的ユートピアを埋込むことなのだ。建築のなかに時間の扉を開く鍵を設けることなのだ。、、過去は記憶の問題だけではなく、想像力の問題になるのである。そのときに、過去の力は解き放たれる。」と、「決して単なる懐古趣味の領域にとどまるものではない」と書かれいる意味は、オプションとしてあればベターという代物ではなく、私たちに水が不可欠なように、過去の記憶は不可欠であり、建築はそれを大きく担っているという事なんだと思いますし、僕もそう信じます。
でも残念な事に日本では特に保存運動は盛り上がらないですよね。近代建築物の保存などを進めているDOCOMOMOという活動も、応援はしていますし多少保存が決まったりもしてますが概ね負けが多いのは、そもそも、近代建築というのは「刹那的」な発想でつくられてしまっていて、決して「過去を埋蔵」されていないから市民感覚からは遺す価値が感じられないんじゃないか?と思いますし、現代建築もその刹那的な傾向は変わらないので、50年、100年後に、現代建築が文化財になんてなりうるのだろうか??と真剣に思います。評価の高い(僕も好きですが)21世紀美術館がそうなるか?と言うと、メンテを頑張ってピカピカの状態を保つことはあり得ても、文化財?というと重みと過去の記憶というものに欠けてしまっていて、いや、そんな重みが感じられないからこそ刹那的には僕たちの眼には好ましく映ってしまっているんじゃないかなとも思います。

やっぱりたまにはこういう本を読まないといけないですね。
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by Moriyasu_Hase | 2014-03-09 17:14 | けんちくーよむ

アホでマヌケなアメリカ白人/マイケルムーア

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最初はそうだ行け行け!なんて笑って観てましたが、途中からこりゃ恐ろしいなあと思い始めました。
ゲイを集めて議員に認めさせに行ったり、タバコでガンになった患者をタバコ会社に連れて行ったり、手術費用が貰えない人を入っている保険会社に連れて行ったり、と弱いものの立場から見れば巨悪に噛み付く素晴らしい行いなのだけど、途中から、とても嫌な気持ちにさせられる「シーシェパード」の活動と重なって来てしまった。
恐らく、マイケルムーアのやっているような活動は、巨悪に対して強い態度でぶつかればぶつかる程、どこかからお金が入ってくる構造があるから、彼もエスカレートしている面は間違いなくあるだろうし、シーシェパードも恐らくそうだろうから、という意味での恐ろしさです。

まあでも様々な「自由」という観点から、こんなヤツがの偉そうに大きな顔をできるアメリカって国はやっぱり懐が深いなあと少し羨ましくも思いました。
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by Moriyasu_Hase | 2014-03-09 16:30 | みるーよむーかんがえる